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GOKUSEN(原作ver)
1.はじまり
風薫る五月。
空は澄み渡り、優しい木漏れ日が人々をやんわりと包み込む。
濃緑の木々の生い茂る坂道。右に大使館。左には外資系高級ホテル。
そこを登った先に見えてくるレンガ造りの教会は、古を感じさせる楚々とした、けれど厳粛な風格ある佇まいで、その地一体に圧倒的な存在感を放っていた。
この辺りは都会の一角にありながらまるで聖地のようにいつも深閑としている。
けれどその日は朝から黒塗りの高級そうな外車が何台も、教会から続く勾配に列を作り常にないざわめきをみせていた。
有名な国会議員の長女と警察庁長官の次男の結婚式が執り行われるのだ。出席者とみられる人々の装いすらいつにも増して華やかだった。
また一台黒塗りのベンツが路肩に停まった。派手なタイヤのスリップする音で皆の視線が集中する。
降りてきた男四人の姿を目にした途端、そこにいた人間の表情が瞬時に固まった。
明らかにこの場に相応しくない面々。
見る人々の背中をすうっと凍らせる。
極道。
一目でそれとわかるいでたち。醸し出す雰囲気。
結婚するのは警察庁長官の息子だ。
───お礼参り。
招待客の脳裏にそんな言葉がひらめいた。
やや間を置いて、車の後部座席からもうひとり二十代と思しき若い女が降りてきた。
お下げに眼鏡の凡庸な顔立ち。
半袖のTシャツから伸びる細いしなやかな筋肉のついた腕と、ジーンズに包まれた長い脚には、確かに人目を惹くものはあるが、極道とは縁のなさそうな普通過ぎる女だった。
女は酷く思い詰めた顔をしていた。見ている者が息を呑むほどに。教会の建物の向こうからそびえ立つ十字架を目にすると、女の顔には更なる緊張が走った。
「お嬢」
声を発した男の顔には左眉の上から頬までを縦断する鋭い傷跡がある。見るもの全てを威圧する古傷。
「うん。わかってる」
お嬢と呼ばれた女が答えた。「行くよ」
「へいっ」
男四人を従え、女は教会の長い階段に、最初の一歩を踏み出した。
◆◆◆◆◆
新郎控室。
真っ白なタキシードに身を包んだ沢田慎は、この日の為にと母親に言われて嫌々短めに刈った髪の毛をかき上げた。もうそうすることが癖になっていて、未だ現在の髪の長さを右手が認識できていない。
あと数十分もすれば自分の結婚式が始まる。少しも実感が湧かない。他人事みたいだ。
そう思いながら高校時代の級友四人との、普段と何ら変わらない馬鹿話に相槌を打つ。
「・・・さんのお嬢さんがお前にひとめ惚れしたと言うんだ。一度ゆっくり会ってみないかね」
そう言って父親が見合いの話を持ってきたのが僅か半年前だ。
ちょう度ひとりの女と別れたばかりだった。
「お前とはもう会えないよ」
一方的に告げられる別れに、その裏に自分の親の陰があるとも気付かず、悪口雑言を叩いて散々な別れ方をした。
真実を知ったのはつい最近。
だが。
もう遅い。
ここまできたらもう引き返せない。
一瞬たりとも忘れたことなどないくせに。そんなことを思った。
ぎい、っと軋むような音を立てて、控え室の重厚な濃茶の扉が開いた。
何気なくそちらに視線を遣った慎は、現れた女に声も出せず息を詰めた。
「やんくみっ」
驚きの声を上げたのは、熊井と内山だった。
「あれ?やんくみも慎の結婚式に出んの?」
呑気にそう訊いたのは南。「いや、だけどその格好・・・」
元担任とその後ろに控える男四人のただならぬ雰囲気に後の言葉は続かなかった。
「な・・んで・・・」
なんで、山口が来るんだよ。
慎がひとり言みたいに呟くと、
「ああ。俺、俺」
野田が気楽な調子で右手を上げた。「俺が電話したんだ」
「は?」
「やんくみ、慎が結婚するって知らなかったみたいだからさ」
平然と言う。
「・・・てっめえ」
慎は野田を睨みつけた。
「あれ?まずかった?」
へらへらと笑う野田。
嘘だ。
確信犯だ。
思えば野田は昔から妙なところに気がまわるやつだった。
こいつを式に招待したのは間違いだった。
慎は、控え室の入り口に立ち竦んでしまってそれ以上踏み込んで来ようとしない山口久美子に視線を移す。
心臓は彼女の姿を目にしたときから早鐘を打っている。
会いたくはなかった。
こんな時に。
いや。違う。
───会いたかった。
ずっと会いたかったのだ。
駆け寄りたくなる気持ちを、拳を握ることでぐっと抑える。
純白の衣装に身を包んだ慎の姿に打ちのめされたかのように何も言えずにいる久美子を見て、大島京太郎が一歩前へ足を出した。
腰を折り、両膝に掌をあてがう。
「うちのお嬢をキズモノにした責任。取ってもらいやしょう」
───は?
キズモノ。キズモノにした責任ってなんだ。
今更だろ。
「え」
「ええええええええええっ」
野田を除く三人が一拍置いて大袈裟にのけぞった。
「し、慎、やんくみと、やっちゃっちゃったのおおお」
───お前ら・・・。
反応するのはそこかよ。
慎はひとつ溜め息を零すと、
「ふざけんな」
京太郎ではなく、久美子にそう言い返した。
「沢田・・」
久美子が重い口を開いて近寄ってきた。ゆっくりとした足取りで。
珍しく泣きそうな顔をしている、と思った。
「なんだよ。何しに来たんだよ」
久美子はにこりともせず、うん、と頷いた。
「悪いと思ってる」
「・・・」
「こんなことしてただじゃ済まないのはわかってる。おじいさんや、組のみんなに迷惑をかけるってことも。それにお前の親御さんにだって」
「・・・」
「だけど」
「・・・」
「だけど、それでもあたしはお前を失いたくないと思ったんだ」
「・・・」
「だから来た」
「・・・」
「あたしと一緒にいこう」
揺るぎない真っ直ぐな瞳で。
あたしと一緒にいこう。
ずっと忘れられなかった女がそう言った。
静寂に包まれる部屋。
慎は暫し茫然として、それから髪をくしゃくしゃっと乱暴にかき上げた。やはり右手はまだ新しい髪の長さを受け容れられていない。
こんなことになるのなら。
こんなことになるとわかっていれば、こんなに短く切ったりしなかったのに、と。そのとき初めて後悔した。
「遅えんだよ。・・・なんで今日なんだよ」
慎は白くつやつやと光る借り物の靴で足元の絨毯を一回蹴った。「遅っせえよ・・」
そう言いながらも。
タキシードの上衣から腕を抜いた。首の蝶ネクタイの金具も外す。
「慎ちゃん」
「慎」
「慎の字」
「沢田・・」
慎は上着を野田の肩に羽織り、ネクタイをその首にぐ、っと取り付けた。
「お前責任取れ」
「え」
目を剥く野田を尻目に慎は久美子の手首を掴んだ。
「行くぞ」
「え。・・あ。うん」
久美子は呆気にとられたようにひと呼吸置いてから頷いた。「行こう」
慎は小首を傾げる。
「・・・なんだよ?びびってんのかよ」
「いや。そうじゃない」
「・・・?」
久美子は京太郎のほうを見遣った。
「京さん。後は任せたよ」
「へいっ」
京太郎は涙ぐんでいた。
「おっさん」
「慎の字。お、お嬢を。お嬢を幸せにしてやってくれえええ・・・」
うあ。
やばい。
はじまる。
久美子と慎は顔を見合わせると京太郎が泣き出す前に急いで部屋を飛び出した。
広い廊下を抜け外への扉を開く。
見下ろした長い階段には大勢の式の出席者。そこは突然の異質な闖入者に騒然となっていた。
その視線が一斉にふたりに注がれた。
思わず慎と久美子の足が止まる。
すうっと、ざわめきが退いた。
「沢田」
「うん?」
久美子が遥か向こうを見詰めたままで訊く。
「後悔しないか?」
慎は久美子の言葉に僅かに目を見開いて、それからくっ、と苦笑した。
「それって、男の台詞だぜ?」
今日の主役の男が花嫁ではない女と手を繋いでいる。
水を打ったように静まり返るそのなかを、ふたりは足取りも軽く駆け降りて行った。
「慎っ」
階段を降り切ったところで父親の声が背中をとらえた。久美子の足が一瞬怯んだが、慎は構わずその腕を引いた。
手を繋ぎ坂を下る。
吸い込む空気は緑の木々の青臭い匂いでいっぱいだ。
後ろを振り返ったが追っ手はいない。想定外の出来事に誰も何もできないでいるのだろうか。
広い通りに出たところでふたりは停まっているバスに飛び乗った。
男は上着とネクタイは無いものの、全身白の派手な衣装。反面、女はすぐそこに買い物にでも行くかのようなラフな格好をしている。
奇妙な取り合わせのふたりに戸惑う乗客の視線に耐えながら通路を歩き広い後部座席まで行く。荒くなった息を整え、大きな窓から後ろを見たが、やはり、追いかけてくる者はいなかった。
ほっとして顔を見合わせると、やにわに久美子がぷっと吹き出した。
何が可笑しいのか。一世一代の逃亡劇の最中だというのに。不謹慎ではないか。
慎はむっとし眉間に皺を寄せた。
「何だよ。笑ってんじゃねえぞ」
「ふふ。まさかほんとに来るとは思わなかったからさ」
───は?
慎は唖然とした。
「はあ?お前何言ってんの?」
あんなとんでもないことをやらかしておいて。仕掛けたのは久美子のほうではないか。
久美子は横目で慎を見遣ると、
「沢田は、ほんっと流されやすい性格だねえ」
半ば呆れ気味にそう言った。「あたしにふられたからってすぐに見合いして結婚なんてさ」
「・・・」
久美子の顔から笑みが消えた。
「ばっかみたい」
怒ったみたいに呟く。
「・・・」
返す言葉はみつからない。
慎は黙って座席に腰を降ろすと、がっくりと背もたれに身体を預け、振り返って物珍しそうにふたりを見詰めている乗客をぼうっと見返した。
これから自分たちはどうなるのだろうか。
取り返しのつかないことをしてしまった。もうあの家には二度と帰れない。仕事だって失いかねない。
けれど何故だろう。不安や翳りは微塵もなかった。
「・・・」
「・・・」
「・・・ほんっと、お前といると碌なことねえや」
「お互い様だよ」
バスが発車し、次の行き先を告げた。
慎はひとつ息をつくと久美子が座る反対側の窓に視線を移し、繋いだ指先に力を込めた。
05/5/13UP
あとがき
「逆・卒業」です。
サイト開いた時からずっと書きたいと思ってました。
映画「卒業」。ご存知ですか?(もの凄く古くて申し訳ないっ。今の若い人は知らないかもね)
あのダスティン・ホフマン主演の、「エっレーンっ」と叫びながら教会の窓を叩くベンジャミンが、花嫁を強奪する、あれです。
「ごくせん」では強奪されるのはやっぱり赤慎でしょう(原作慎・久美子、ドラマ慎・久美子のなかで一番へたれだから)、と思い、こんな内容となってしまいました。
へたれ慎。面目躍如、ですね。
えーと、サイト一周年記念の作品がこんなお粗末なものですみません。
これに懲りずにまた一年「CHOCO HOLIC」をどうぞよろしくお願いいたします。
ぺこり!!
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