GOKUSEN(パラレル)


          
             




唇を合わせるとさっき食べたばかりのカレーライスの味がした。


結局山口は帰らなかった。
冷蔵庫にある材料でカレーを作ると言い出したのは山口のほうだ。
「お前は勉強してろ」
受験生の邪魔はしたくないからな。
偉そうに胸を張ってキッチンに立ったが、山口の料理の腕前は兎にも角にも絶望的だった。
いたっ、だの、あれっ、だの終始奇声を連発する山口に、とてもではないが目の前の問題に集中などできる筈もなく。見ていられなくなった俺がちょっと手助けしたばかりに、結局全部作る羽目となってしまった。
・・・だから、俺はコンビニで弁当でも買ってくる、っつったんだよ。
「カレー作れないやつがいるなんて、信じらんねえよな」
野菜を炒めながら、半ば呆れ気味に言うと、
「す、すまない・・」
山口は殊勝に頭を下げた。「結局邪魔しちゃったな。ダメだな、あたし」
「別に邪魔なんかじゃねえけど・・」
適当に鍋に水をいれ、蓋をする。ちらっと見ると、山口は珍しく肩身が狭そうな身の置き所のなさそうなしゅんとした顔付きになっていた。
「お前の受験が終わるまで、あんまり来ないほうがいいのかも知れないな・・」
「何言ってんだよ。今までだってそんなに来てねえじゃん」
受験が終わるまで、と山口は言った。それってその頃まで俺たちが続いてるってこと?お前はそれを望んでるってこと?俺は嬉しさをひた隠して冷静に言う。
「俺、こんなことで成績落としたりしねえよ」
「げっ・・」
山口は目を丸くした。・・・げ、って何だよ。
「お前って、すっごい自信家なんだな・・」
鍋がぐつぐつと煮立ってきた。腰を屈めて火を弱める。
・・・ってか、山口センセイ。料理をしようっていう気配が全くなくなってるんですけど。
固形のカレーのルーをまな板の上で細かく刻む。
おい。このくらい、お前にだってできんだろ、とは決して口にしない。俺ってなんて健気なんだ。
隣に立つ女はすっかりおとなしくなってしまった。顔を見遣ると、遠くを見詰めるような視線で何か真剣に考え込んでいる様子だ。
「何考えてんの?」
「うん・・」
言いよどむ。
「・・今日のこと?」
「いや、違うよ」
山口は否定したが多分3Dの連中のことを考えているんだろうな、と俺は思った。
もしかしたら俺との関係を思って苦しんでいるのかもしれない。でも、俺はもう、山口を手放す気などさらさらなくなっていた。
山口の本当の気持ちを知ってしまったから。
鍋の蓋を取って、ルーを入れる。
忽ちカレーの匂いが部屋中に立ち込めた。
「あれえ?」
山口が素っ頓狂な声を上げた。カレーを作っていることを、すっかり忘れてしまっていたかのような顔だ。
信じらんねえよ、この女。
「い、いつの間に。お前、すごいな・・」
そう言って鍋をかき混ぜる俺の顔を感心したように見る。
「お前な・・」
天然も大概にしていただきたい。
俺は苦笑いしながら、鍋を覗き込む山口のこめかみを、右手の指先で小突いてやった。


「嘘つき・・」
解放された山口の唇が、そんなことを言う。
俺は構わず頬からうなじへと唇を這わせていった。山口の背中と触れ合ったシーツが衣擦れの音を立てた。
「何にもしない、って言ったじゃないか・・」
山口の身体は細いのに柔らかい。
その身体を包んでいた衣服を取り去ると、山口の発する熱と甘い香りに俺の全身は急激に支配されていった。膨れ上がる欲に眩暈さえ覚える。
「好きだ」
「・・・」
「好きだよ」
一度溢れ出してしまった思いは堰を切ったように次から次へと止めどなく零れ出る。
そういえば、これまでこんな風に自分の思いを口にしたことなど一度もなかったのだ。胸の裡はずっと、狂おしいくらい山口でいっぱいだったというのに。
俺の動きに合わせて山口の息が少しずつあがる。切なそうに歪んだその顔に、漏れる声に、反る白い喉に、一層俺の欲情は募る。一気に山口に侵食されていく。
俺は、どういうわけかこんなときに、今日学校で俺を怒鳴りつけた、ジャージ姿の山口の顔を思い出していた。
山口は不思議な女だ。
子供っぽいのにちゃんと大人で。
学校にいるときは真っ直ぐなまでに先生で。
男みたいに喧嘩が強いかと思えば、こうして抱き合っているときはどこまでも、ただのひとりの女なのだ。
俺は山口の両手首を掴んで囁いた。
「腕、首にまわして」
「え・・」
山口の掌が俺の首と後ろ頭にそっとあてがわれた。夢の中にいるかのような面持ちの山口の上半身を抱え上げ向かい合って座らせると、震えるような吐息が髪の毛を掠めた。
目の前の鎖骨に唇を這わせて胸の膨らみを覆うと、山口が消え入りそうな声で何かこそりと呟いた。
「・・・何?」
「あたしさ・・・」
「・・・」
あたし、胸が。
は?
胸がちっちゃいんだ。
───。
「は?」
はいいい?
俺は唖然として顔を上げた。何?何、急にそんなこと言い出してんの?
見上げた山口の顔は、茹蛸みたいに真っ赤だ。
・・・まあ、確かに。おっきくはねえけど。ってか、本当にちいさい。
だけど、何で突然、そんなこと。
「何?気にしてんの?」
こっくりと頷く。恨みがましいような目で俺の瞳を見詰め返してくる。
「・・・お前は嫌じゃないのか?」
「・・・全然」
「ほんとに?」
さあ。どうだろう・・。
「・・・」
「何で黙るんだよっ」
俺はやっぱり今日の学校でのできごとを思い出していた。
「もしかしてさ」
「え・・・」
「他の女と比べられてる、とか思ってんの?」
「・・・」
そっちこそ何で黙んの?
山口はきゅっと下唇を噛むと俺の頭に頬を寄せて腕を絡めてきた。
・・・図星なんだな。
「・・・そんなことしねえよ」
俺は寄せていた顔を離すと、山口が、ちっちゃいと言った胸をそっと撫で上げてから唇を当てた。俺の首の後ろに触れていた掌に力が込められた。漏れる息に微かに艶が混じる。
可愛い、と思ってしまった。
本当に自分より六つも年上の女なのだろうか、と愛しくて堪らなくなる。
何だか可笑しくてふ、っと笑うと、頭をハタかれた。
「・・っいってえ」
前言撤回。こうしていても乱暴な女はやっぱり乱暴だ。
「何で笑うんだよっ、ばか」
なんか、泣きそうな顔になってるし。
変な女。
笑いながら唇を寄せた山口の頬は、先ほどと変わらず赤く染まったままだった。


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                                           05/7/1UP

彼女の髪に頬に目に耳に 14.