GOKUSEN(白金黒銀MIXver)



夕陽が目に沁みる


放課後の河川敷。
冬の寒さでやや色の薄くなった雑草を踏みしだきながら歩く。
太陽はすでに埋め立てられた工場の向こう側に沈みかけていた。西の空は絵の具をぶちまけたように一面赤く染まっている。
横を歩く友人の顔も赤く照らされていた。
穏やかな横顔。
ありえねえだろ、と矢吹隼人は思う。こいつのこんな落ち着いた表情は。
小田切竜は復学した頃から傍目に見てもわかりすぎるくらいの速さで変化していった。
以前はどこか心に冷たいものを抱えているような強張った無表情さで、そして周りに対して常に警戒しているような雰囲気を持っていた。
だから一度仲違いした時には、こんな風にまた連れ立って歩くときが来るなんて思いもしなかった。きっとこの男が自分に心を開くことなんか二度とないと決めつけていた。
 ───誰のおかげかなんて言わねえけどよ。
それでも。
今回の件で、やっぱり小田切竜という男は自分や、前を歩く三人の友人達とはちょっと違う世界に住む人間なんだと思ってしまった。
彼の恵まれた環境に思いを馳せた時、どこかに境界線を引いてしまいたくなる自分がいるのだ。
こいつはきっと望めば大抵のものを手に入れることができる。自分達が育ってきた場所とは明らかに違う位置に置かれている。それが故に親のエゴを押し付けられている竜を目の当たりにしたばかりなのに、ついそんなことを考えてしまうのだ。
「よっ」
いきなり背中をばしっと叩かれて竜とふたり一緒に振り返る。おさげに眼鏡の能天気な女。さすがに校外でジャージは身に纏っていなかったが。
「へっへー。なあにぼんやり歩いてるんだよ」
「山口。いってーよ」
抗議の声にも全く動じない笑顔。
「やんくみ、お前、ほんと、突然出てくんのな」
振り返った土屋が扇子で山口久美子を指しながら言う。山口久美子はその言葉には応えず、
「寄り道しないでさっさと帰れー」
いつもなら行動を共にするくせに珍しくそのまま通り過ぎて行こうとした。
「あれ?やんくみ帰っちゃうの?」
驚く武田に返事もせず山口久美子は腕時計を見ながら、
「やばっ、もう約束の時間過ぎてる」
慌てた様子で走り出そうとする。
「何?やんくみ、待ち合わせ?デート?」
おどけた仕草の日向の台詞に意表を突かれたのか、急いていた筈の山口久美子が一瞬にして固まった。
「え?嘘?」
「まじ?」
「えー。そんな物好きいるのかよお」
散々な言われようだがこの女はへこたれない。
「悪いか。これでもお年頃だからな。コイビトのひとりやふたりは居るんだぞ」
胸を反らして言ってから、「あ、ふたりはまずいよな」
とひとりごちる。
「ええー。やんくみ、コイビトいんの?」
「ふふん。内緒だけどな」
「って、すでに秘密じゃねえし」
「なに?そいつって、いいオトコ?」
武田のその質問に、
「んー」
とにこやかな顔で考えてから、「まあ、いいオトコっつーか、いいオトコになってる途中っていうか・・」
「わかりにくいな」
ぼそりと隼人は呟く。
山口久美子の瞳はきらきら輝いていた。それは夕陽の所為だけではない。
この女にそんなオトコがいたとは驚きだ。あまりにびっくりしてしまって上手く言葉が紡げない。
「山口」
騒ぎ立てる仲間を他所にずっと隣で黙していた男が声を出した。ハスキーな、けれど男にしてはやや高めの声。
「なんだ?小田切?」
「そいつは知ってんのかよ?」
「え?」
「お前が大江戸一家の跡取り娘だってこと」
存外な質問に。
思わず言葉を失ったのはそこに居た山口久美子以外の四人。
「ああ。知ってるよ」
少しも照れずに頷く。寧ろその顔付きは誇らしげにさえ見えた。
「・・で?」
「・・・?」
「そいつは?」
竜は僅かも目を逸らさないで訊く。「そいつは、それでもいい、って?」
そんな不躾な問いかけに。山口久美子は俯くと少しだけ恥ずかしそうにしていたが、顔を上げ、
「うん。そう言ってる」
口許を綻ばせた。
「へえ・・」
竜は右の鼻の横に笑い皺を作った。「よかったじゃん」
そうしてそっぽを向いてから、
「すっげえ物好きな人間がいて」
と呟いた。
ひと言多いよお前、と山口久美子に胸を小突かれる竜を、隼人は信じられない思いでただ呆然と見詰めていた。
水を打ったように静かになった四人には全く気が付かないで、また明日なー、と片手を振りながら山口久美子は駆けて行く。
見送る竜の瞳が赤く染まっていた。
「竜ちゃーん」
口を開いたのは土屋だった。「そうかー。そうだったのか、お前・・」
「は?」
日向が土屋の腕にしがみついて芝居がかった口調で言う。
「竜がねえ。もてるのにねえ。なあんでよりによってやんくみなんか・・」
「ばか。そんなんじゃねえよ」
唇を尖らせて言う。「あんな女」
目線は小さくなっていく女の背中に奪われたままだ。
「だけど・・」
「ん?なに?竜」
足元に一度視線を落として何かを言いよどんでいたが、再び顔を上げると竜は言った。
「あいつにそんな物分りのいいオトコがいるってのは、なんか、ムカつくよな」
一瞬間を空けたあと、竜以外の全員がぶぶっと吹き出した。
「なんだよ・・」
むっとした表情の竜。
「竜、お前って、なあんもわかってねえなあ」
「だからー。それが恋ってもんでしょ?竜ちゃん」
大きな前歯をのぞかせて可愛い笑顔で言ってのける武田に、更に竜の表情が不機嫌さを増した。唇を突き出した表情はコドモみたいだ。
 ───あほ。・・ってか、ガキ?
隼人はにっこり微笑むと訳知り顔で竜の肩を二回ぽんぽんと叩いた。
「なんだよ・・・」
「なんでも?」
隼人を先程まで苛めていた胸のわだかまりはすっかり影を潜めていた。ゲンキンなものだ。
おかしくてふっ、と唇を緩めると前を歩く三人の向こうに視線を送る。
太陽は沈みかける寸前の眩いばかりの光を放っていた。無防備に開いていた隼人の瞳に射るように飛び込んでくる赤い色はまるきり容赦が無い。そのしみ入るようなまばゆさにはっとして、隼人は慌てて瞼を閉じた。