GOKUSEN(パラレル)


          
             




目が覚めると山口の長い髪の毛が俺の首筋に絡まっていた。くすぐったいその感触でうつつに引き戻されてしまったのかもしれない。
見た目よりずっと柔らかい髪を指先で摘み取り見詰める。視線を横にやれば白い額。くっきりとした眉。長い睫。
聞こえてくるのは規則正しい寝息だけ。


山口と3Dの生徒の関係はちょっと変わっている。と、俺は思う。
仲良過ぎなんじゃねえの、と言えば僻みだと返されそうだが、学校で山口がひとりでいることなんて滅多に無かった。大抵は3Dの連中と一緒にいる。
そしてよくツルんでいるのがあの内山という金髪の男とクマと、名前はわからないがあとふたり。この4人と一緒にいることが断然多かった。
そんな時の山口の顔は心底楽しそうに見えた。いつも大口を開けて笑っていた。本当に爽快な笑顔で一体何を話しているんだろうかとその表情を遠く見ながら俺は思う。
ここにこうして俺と一緒にいる山口とは別人のような気さえしてくるのだ。
だからと言ってあの輪の中に入りたいわけじゃない。もしあそこにいたとしたらおそらく今みたいな関係にはなれなかっただろうから。


俺は起き上がると携帯電話で時間を確認した。真っ暗な部屋の中で俺の手許だけが明るく光る。眩しさに目を細めた。
10時を少し過ぎていた。
山口は今日は家で仕事をしたいから帰ると言っていた。でも、起こしたくない。帰したくない。ずっと一緒にいたい。
俺は振り返って肩越しに山口の無防備な寝顔を見詰めながら溜息を落とす。
腕をそっと伸ばすと白い肩に掌を当て、ゆっくりと揺らした。


「最近、沢田君変わったね」
そう言いながらうっすら笑うのは以前保健室で一緒にいるところを山口に邪魔された、あの時の女だ。この白金の中では俺と同じく優等生と言われる部類に入るだろう女。
「変わった?」
俺は窓際の席で窓の向こうに送っていた視線をその女に移し焦点を合わせる。次の授業は選択授業で皆それぞれ選択科目の教室に移動していたため、3Cの教室には俺とその女しかいなかった。
「変わったよ」
「どんな風に?」
「どんなっ・・・て」
言い澱む。少しも誘いに乗って来なくなった、とは口に出し辛いのだろうか。
「もしかして特定のカノジョでもできた?」
「・・・できてねえよ」
「ほんとに?」
「ああ。・・・でも、そろそろ真面目に勉強しねえとまずいだろ?」
女は眉を顰めて疑わしそうな目で俺を見る。俺は素知らぬ振りで平然と言葉を続ける。表情のコントロールなら得意とするところだ。
「あんたも高校受験失敗したから大学はいいとこ行きたいっつってたじゃねえか。俺も一緒だよ」
「そうだけど・・・」
俺の瞳が女を通り越して一瞬教室の向こうの廊下に奪われた。
山口が珍しくひとりで歩いていたのだ。
女は俺の目線の動きに気が付いて振り返る。
薄い灰色のジャージを着た数学教師もこちらに視線を向けた。俺と女がふたりでいることに気が付いて一瞬目を見開いたが直ぐに教室の前を通り過ぎて行った。
俺は何食わぬ顔で窓の向こうにもう一度視線を送る。その冷静な表情とは裏腹に心臓は強く打っていた。
女というイキモノは鋭い。
今のほんの数秒の出来事でバレるとは思えないが気をつけなければならない、と改めて肝に銘じる。
ふたりの関係が第三者の知るところとなれば俺は山口を失ってしまう。それだけは絶対に嫌だ。避けたい。
俺は教科書を左手に椅子から立ち上がった。
「あんたもそろそろ教室に戻ったほうがいいんじゃねえの?」
「うん・・」
女は渋々といった態で頷くと、「そう言えば3Cのクラス委員の女のコ。沢田君のこと好きなんだってね。知ってた?」
「知らねえよ」
何で突然そんなことを言い出すのだろうか。俺とこの女には全く関係の無い話だ。そういう思いが顔に出ていたのだろうか、女は唇を歪めて笑った。
「沢田君モテるからそんなことどうだっていいんだ」
「は?」
「誰が自分を好きでも関係ないって顔してるよね。いつも」
「何が言いたいのか全然わっかんねえんだけど?」
少し苛立った声を出してしまった。いつも冷静さを装っている俺の尖った物言いに女の顔に動揺が走った。
俺はふうっ、と息をつくと白い床を爪先でこつんと一回蹴る。
「・・・悪い」
足元に視線を落としたままで素直に謝った。
「ううん。あたしもどうかしてた」
女は首を横に振ると。「じゃ、あたし、教室に戻るから。またね」
何事もなかったかのように笑顔になるとくるりと俺に背中を向けた。
 ───いいんだよ。どうせ向こうもアソビなんだから───
俺はあの時保健室で山口に確かにそう言った。本当にそう思っていたから。
けれど。
もしかして俺は何かを見誤っていたのかもしれない。
教室を出て行く女の背中に張り付いた紺色のセーラーの襟に目を当てながら不安な思いが胸を掠めた。


そしてこれから先俺は、女というイキモノを軽く見ると碌なことにならないということを嫌というほど思い知る羽目になる。


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                                           05/2/16UP

彼女の髪に頬に目に耳に 10.