GOKUSEN(パラレル)

あれから山口とは話をしていない。
授業中ふっと目が合ったりするくらいだ。それも直ぐに逸らされる。
3Dの教室はどういう訳か隔離されているみたいに他の教室よりも奥まったところにあって、廊下で擦れ違うということもない。
これまでのことが嘘のように、偶然ふたりきりになるということもなかった。
あの後目が覚めたら山口は部屋から消えていた。
なんでそんな安っぽいドラマみたいな真似するんだよ。きちんと礼ぐらい言っていけよ。そう文句のひとつも言ってやりたかった。
まあ、こっちも色々したわけだから偉そうなことは言えないのだけれど。
あの日のことはなかったことにしてしまいたいのだろうか。
別にそれならそれで構わない。俺は気にしない。
以前保健室でかなり過激なことを口走っていたが、山口が遊び人じゃないということはすぐにわかった。殆ど経験がない感じがした。
そんな恋愛経験の乏しい女がどんな思いで俺とあんなことをしたのか、本当のところはわからない。
ただひとつはっきりしているのは俺に対する愛情は全くないだろうということ。山口は俺がいろんな女と遊んでることを知っている。だから自分の相手に俺を選んだのだ。後腐れのないように。それだけは薄ぼんやりとだがわかる。
けれど山口の今の態度を見る限りではあの日のことを後悔しているように思えた。一応生徒だし、数学の授業があれば嫌でも顔を合わせるわけだし。無理もないことだと思った。
昼休み、いつもの空教室ではなく図書室で昼寝をしていた。窓際に椅子を並べてそれをベッド代わりに横になる。昼休みは貴重な睡眠確保の時間だ。バイトと学業を両立させるには睡眠時間を削る以外に方法はないから。
紙の湿気た匂い。本独特の香りに満たされた図書室。静謐な空間。
廊下に響く足音が近づいてきた。
「すみません、山口先生、お昼休みにこんなことお願いしちゃって」
図書室の扉の開く音と共に、担任の藤山静香の声が聞こえてきた。
「いいですよ。晩御飯奢ってくれるんでしょ?」
こっちは山口の声だ。食い物に釣られやすい女なのか。
「英語の本が置いてあるのはこの辺りみたいですね。・・・えっと、何て名前の本でしたっけ?」
藤山がメモ帳らしきものに書かれた本の名前を5冊挙げた。英語の資料と思しき名前の本ばかりで、どうやらふたりでそれを探しにここへ来たらしい。俺の存在には全く気が付いていない。この学校の図書室に生徒がいるなどとは考えてもいないようだ。確かにここで自分以外の生徒と会ったことなど俺もなかった。
ふたりで資料探しに没頭しているのか暫く沈黙が続いた。俺は開け放した窓から入ってくる風に当たって気持ちよく瞼を閉じていた。
静寂を破ったのは藤山だった。
「今日、篠原さんと柏木さんにも声かけてみません?」
明るい調子だった。聞こえてきた名前に思わず胸がどきりとする。自分にはまるっきり関係のないことなのに。山口はどんな反応をみせるのだろうか。
「最近、音沙汰ないじゃないですか。あ、そう言えば、山口先生、ここのところ篠原さんのことあんまり言わなくなりましたねえ」
「え?そ、そうですか・・」
「以前は、あんなに篠原さん篠原さんって言ってたのに。他にいいひとでもできたんですか?」
「え、別にそんな・・・」
無神経な言葉だ。もしかしたら山口とシノハラってやつがつき合っていたことを藤山は知らないのかもしれない。だとしたらそのメンバーで食事に行くのは山口にとってはどうなんだ。相当複雑なんじゃないのか。
「後で連絡取ってみますね。川嶋先生には内緒ですよ」
「え、ええ・・・」
はっきりしない答え方の山口に妙に腹が立った。何で断らないんだ、と思う。
でも、その後の山口の言葉に俺はもっと苛立った。
「あの、藤山先生」
「はい?」
「先生のクラスの沢田慎君のことなんですけど・・・」
───。
「沢田君がどうかしました?」
「あの、うちのクラスの熊井に聞いた話だと、彼元々は中央学園の生徒で、1年の2学期にうちに転校してきたっていうじゃないですか」
「ええ。そうみたいですね」
「凄く真面目そうに見えるんですけど、一体何をやらかしたんですか?」
「やらかした・・・って、そういう言い方もどうかと思うんですけど、なんでそんなこと訊くんですか?まさか、3Dの生徒とトレードしてくれとか言う気じゃないでしょうね?」
「トレード、って、藤山先生」
「ダメですよ。彼は頭もいいし顔もイケてるし。うちのホープなんですから、山口先生には上げられません」
・・・へえ。藤山、俺のことそんな風に思ってたんだ。
「あ、さては。山口先生、沢田君のこと好きになっちゃったんじゃないでしょうね?いくらメンクイだからって相手は生徒ですよ」
「な、な、なに言ってるんですか、な、なんで、あたしがあんな・・」
あんな?
あんな、なんだよ。
俺はつい上半身を起こしていた。
「・・・あれ?沢田君?」
藤山が俺に気が付いた。・・当たり前だけど。
「え」
山口が素っ頓狂な声を上げて藤山の視線を辿る。
気まずい面持ちの俺と山口は目を合わせた。
校内放送が入った。
教頭の声で恭しく呼ばれたのは藤山の名前だった。
「えー、なんだろ、昼休みにまで教頭先生のリーゼント頭なんか見たくありませんよねえ」
「え、ええ」
山口が曖昧に頷く。
「困ったな。山口先生、後の2冊お願いしてもいいですか?」
「は、はい。いいですよ。探しておきます」
「すみません、じゃ、お願いしますね」
そう言って出て行こうとした藤山が振り返って駄目押しをした。「今日、本当に篠原さんたち誘いますからね。空けといてくださいよ」
「はい・・」
山口は引き攣った笑顔で藤山にひらひらと手を振った。
その態度は明らかに俺のことを意識してのものだった。
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04/12/25UP
彼女の髪に頬に目に耳に 5.