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続木日名さまと、このサイトへお越し下さる全ての皆様へ感謝の気持ちを込めて。
今夜も眠れない
沢田慎は晴れ渡る秋空の下、いつもそうするように屋上の青いプラスティック製のベンチの上で仰向けに寝転がっていた。
もうそろそろ午後の授業が始まるようで、校庭にいた人影が少しずつ引いていく。
慎はひとつ息を吐くと瞼を開いた。途端に青い空が視界に広がって眩しさに目を細める。
ここのところよく眠れない。眠ってしまってもおかしな夢ばかり見てしまう。
慎が今一番恐れているのは学校に居る時にそのおかしな夢の中に陥ってしまうかもしれないことだ。夢をみるだけなら別に構わない。ただもし目覚めた時に傍にあの女がいたとしたら、さすがの自分もまともな反応はできないだろうと懸念する。だからここでも熟睡するわけにはいかない。そう思いながらまどろんでいた。
「沢田。おじいちゃんがたまには来いってさ。将棋の相手がいなくてつまんないんだって。テツやミノルじゃ相手にならねえしさ」
眠れない原因の女が先程ここに顔を出してそう言った。
人の気も知らないで、気安く誘うんじゃねえよ。
慎は手首を顔の前に翳すと腕時計で時間を確認する。
午後一番の授業は数学だ。
───出ねえとうるさいだろうな。
慎は身体を起こして立ち上がると俯いたまま右手で首の後ろを撫でながら、不承不承な重い足取りで屋上を後にした。
あの女教師に自分が惹かれているんじゃないかと訝り始めたのはいつ頃からだったろうか。
万引き事件の嫌疑を晴らすため英翔学園にのり込んで行った、そう、確かあの頃だ。
───篠原さん、あたし幸せですっ───
事件解決で世話になった刑事に向かって満面の笑みでそう言ったあの女を、同じクラスの連中は揶揄い囃し立てていたが自分はちっとも笑えなかった。寧ろ不愉快だった。何故担任教師の幸せを自分だけ喜べないのかその時はよく分からなかった。
決定的だったのは、もっと後の退職騒ぎの時だ。
それにしても。
慎は頬杖をついて正面を見る。
何で?
何で選りによって、こいつ?
慎は、クラス中誰も聞いていないにもかかわらず教壇でチョーク片手に弁舌を振るうおさげにジャージ姿の山口久美子をじっと見詰める。
今まで女なんて全く興味がなかった。
友人にも「お前、正常?」と言われるくらい淡白だった。
───まあ、正常とは言えねえよなあ・・。
あんな変なカッコの女を好きになるなんてどうかしている。
先生として、人間として、好きというのならわかる。あれ程身体を張って生徒の為に動く教師はどこにもいない。
けれどどうやらそういう意味での好きとは違うらしい。夜毎見るおかしな夢がそれを証明している。
あの白っぽい灰色のジャージを脱がせてみたいと思う自分が居るなんて。最悪だ。イカれてる。とても正気の沙汰とは思えない。
慎は頭を抱えると溜息をひとつ落としてそのまま机に突っ伏した。
途端に久美子の声が飛ぶ。
「こらっ。沢田。堂々と寝るんじゃねえっ」
───聞いちゃいねえよ。
◆◇◆◇◆◇◆
「ただいまー」
「お帰ぇりなさいやし」
久美子が門をくぐると庭掃除をしていたミノルが声を掛けて来た。「お嬢。慎の字が、来てやすぜ」
めっきり秋が深くなったこの頃は落ち葉が多くなってきて掃いても掃いてもきりがないとぼやいていたが、今日も真面目に掃除しているらしい。
───感心。感心。
「うん。・・・おじいちゃんは?」
「それが、ちょっと遅くなるそうで。慎の字ひとりで待ってらっしゃいやす」
「え、そうなの?他に誰もいないのか?」
「へえ」
「そりゃ、悪いことしたな」
久美子は一度自室に上がると服を着替え眼鏡を外し、おさげにしていた髪の毛も解いてから慎の待つ部屋に降りた。
「あれ」
久美子はそうっと敷居を跨ぐ。畳の上で横になった慎は身体をくの字に曲げて安らかな寝息を立てていた。
───うっひゃあ。沢田のやつ、可愛い顔して寝てんなあ・・。
久美子は物音を立てないように気を配りながら慎の横に座ると、両手を畳に突いてその顔を覗き込んだ。
たった今寝返りを打ったばかりのようで、こめかみから頬にかけて赤みがかってくっきり畳の跡がついている。
久美子はぷぷっと吹き出すと指先でそこをそっとなぞる。
───沢田のこんな間抜けな顔、初めて見たな。
いつもは何を考えているのか全く分からないその顔で、口を開けば憎たらしいことばかり言うくせに、今少しだけ開いた口元からは白い前歯が覗いてその無防備な寝顔は幼いコドモのように可愛らしい。
───へえ。こいつ、結構整った顔してんだなあ・・。ま、篠原さんには負けるけど。うあっ。男のくせに睫毛がこんなに長いよ。なんか許せねえな。
「こいつがなあ・・」
久美子は今でも教育シンポジウムの時のことをよく思い出す。
あの日彼らが体育館にのり込んでいなければ、きっと今、自分は教師ではいられなかった筈だ。
慎が先頭を切って大勢のマスコミや教育関係者達の前で久美子の退職撤回を理事長に訴え、退学届けを掲げたのだと、後になって川嶋たちから聞かされた。
初めて会った頃は大人は汚いだの、教師なんか信用できないだの、あんなに反発していたくせに、いつの間にこんなにも身近な存在になってしまったのだろうか。気が付けばいつも傍に居て自分のフォローに回っている。今ではその距離感が妙にしっくりきているのだ。
久美子はメッシュのはいった髪の毛をいつもとは違う手つきでそっと撫でる。
───なあ、沢田。あたしはお前にとって少しは信頼の置ける大人になった?
一度訊いてみたいと思っていた。でも、それは今ではない。もっとずっと先のことだ。そうだな、卒業する頃にでも・・。
───あ。沢田、こんなとこにほくろがあるんだ。
久美子は慎のふっくらとした唇を挟んでちょう度上下にある小さなほくろに指を伸ばした。
慎の柔らかな寝息だけが響くその部屋で。
慎の唇の下のほくろに当てようとしたその指先を。
微かに触れるか触れないかの位置で、とめた。
「・・・」
久美子はばたっと大きな音を立てて身体を仰向けに倒す。
見慣れた天井の木目をじっと見詰めた。
久美子の傍らで相変わらず慎は身動きひとつせずに眠っている。
開け放した縁側の窓から少し冷たい風が入り込んできて、何故だか火照ってしまったその頬に、秋の風が心地よく当たった。
仕舞い忘れた風鈴が透明な音を奏でた。
───なんだかあたしも眠くなってきちゃったな。
久美子は自分の心の片隅に淡く存在し始めた、ほんのりむず痒いような少し切ないような気持ちに自ら蓋をして、重くなってきた瞼をそっと閉じた。
◆◇◆◇◆◇◆
「あ」
庭掃除を終えて、晩御飯の仕度に取り掛かろうとしたミノルは足を止める。「お嬢、またこんなとこで居眠りしちゃって。うわあっ、慎の字まで・・」
風邪ひいちゃいますよ、と声を掛けてみたがふたりとも一向に起きる気配がない。ミノルは奥の部屋に行って押入れから毛布を取り出しながら首を傾げる。
───アニキぃ。なんかやばくないっすか。
今のふたりを見て、自分の兄貴分であるテツに対してそんな気持ちが湧いてきたが、どうしてそう思ってしまうのか自分でもよくわからない。
えっと。お嬢は学校の先生で。慎の字はその生徒、と。ミノルは心の中で反芻する。
なあんにも、まずいことなどない筈だ。
ミノルはふたりに毛布を掛けながら、慎の寝顔に視線を送る。
───しっかし、慎の字はほんといい男っすね。寝顔までカッコいい。あっしと張り合うくらい、いい男っすよ。
そうしてミノルもまた、退職騒ぎのときの慎を思い出していた。
あの時は大事なお嬢を助けてもらって、本当にどんなに感謝してもしきれない。自分は慎を好きだな、と思う。けれどどういうわけか、そう思うことに対して罪悪感のような気持ちも覚えるのだ。それが何故なのかその理由を深く追求する程ミノルの性格は粘り強くもなかった。
「えーっと、今日の晩御飯は・・・」
そう呟きながら台所へと小走りに足を運んだ。
◆◇◆◇◆◇◆
───だからっ。なんでこうなるんだよっ。
慎は膝を抱えて項垂れると頭をくしゃくしゃっとかき上げた。
今見た夢はかなり強烈だった。
優しく妖艶に微笑んだ久美子にそっと頬を撫でられた。自分は石のように固まって身動きひとつとれないでいる。久美子の指先が自分の髪をなぞりそっと唇に触れた。その後は───。
慎はかあっと熱くなる顔を右手で覆うと、隣で豪快に寝こけている久美子に視線を送った。
そしてふたりに掛けられた一枚の毛布に目を落とす。
───なんでひとつの毛布にふたりで一緒に寝てんだよっ・・。
一体誰がこんなことを。
慎はこの家に棲む、久美子と同じくらい天然な性格の、まあるい顔の男を思い浮かべていた。
ミノルさんだ。ミノルさんに違いない。
だけどなんだってこの女は俺の隣に寝てるんだ。そもそもそこからしておかしいんなじゃないのか、おい。お前は俺を男として見てないのかよっ。
慎は毛布から抜け出ると、そっと自分の頬に指先を這わせてみた。夢だとは思えない感触がそこには残っていた。
もう一度慎は振り返って自分の肩越しに久美子の寝顔を見詰める。夢の中では自分のものだった薄桃色の唇と白い指先がすぐ手の届く場所にあった。
慎はぎゅうっと目を瞑る。
───来るんじゃなかった・・。
ああ。きっと今夜も眠れない。
慎は再び項垂れ、立てた膝の間に頭を落とすとその日最大級の溜息を吐いた。
陽の翳り始めた部屋に醤油の香ばしい匂いが漂ってきて慎の鼻をくすぐる。こんな場面に遭遇していてもお腹だけは空くらしい。その匂いのする方角からばたばたと地響きのような足音が近づいてきた。
「お嬢。慎の字。いい加減、起きて下さいよう・・」
ミノルの声に反応するように久美子は眉根を寄せて艶かしい声でうーんと唸ると、硬直した慎の眼前でひとつ寝返りを打った。
続木日名さま。リクエストありがとうございます。
えーとリク内容は
● 在学中。大江戸でくつろぎ慎。
慎的に関係大接近な、久美子的には少しだけ関係
接近な出来事が。
それをこっそり見てしまうミノルor3代目or誰か。
そして影ながら応援される慎と久美子。
● 在学中。久美子への想いを3代目にうち明ける慎。
いっしょうけんめい。
● 卒業後。久美子への想いを3代目にうち明ける慎。
熟考→またひとつ大人になった慎。
● 卒業後。久美子に組関係で断れない見合い話or何
らかのトラブルが。慎ちゃん超嫉妬&久美子と
一緒になるということのもつ社会的な意味とか
いろいろ考えさせられ、苦悩→決意な慎。
2項目の混合もよいです〜。
切ない系の場合は、あんまり切なくなりすぎない方が
いいかも…
と言うことでしたので、一番上の「在学中。大江戸でくつろぎ慎」でいかせていただきました。
・・で、こんな内容。ご、ごめんね、日名さん!!多分あなた様が望んでいらっしゃったものとは全然違う展開になったのではないかと・・・。許して!!
あ〜。人様のリクにお応えするのってすごく大変なことなんですね。でも、リクがなければきっとこんなお話は思い浮かばなかったと思います。結構楽しかったです。
ということで・・今後ともCHOCO HOLICをよろしくお願いします。ぺこり!