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第十一章 さよなら? 1.
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 夕飯だぞ、と祖父に呼ばれてダイニングへ向かった。

 こんな時間に家にいるなんてここ最近なかったことだ。今日は仕事はなし。このところ少し落ち着いている。

 夕飯のメニューはトンカツになすの冷やし鉢、それから酢の物、ひじきの煮物、だ。

 トンカツは孫への配慮だなって思う。年寄りに油っこいものって毒なんじゃねえの? 

 何もしないで座ってるのも嫌なのでご飯をよそう。

「今日は仕事、ないんだろ。平澤さんと会ったりしないのか?」

 不意に訊かれた。にこにこと。楽しそうな口調で。祖父は平澤のことをすごく気に入っているみたいだ。こっちは平澤の名前を耳にしただけで胸が痛いっていうのにさ。

「平澤さん、塾に行ってるって言ってたな。今日は塾の日なのか」

「あー、いや。……今日、平澤、学校休んでた」

「休み?」

「たぶん、風邪じゃねえの。昨日、声が変だったから」

「そうか」

ふむ、と考え込んでいる。「お見舞いに行ってあげたりしないのか。何だか他人事みたいだな、お前のその言い方は……」

 つい手を止めていた。顔がひきつるのをコントロールできなかった。

「なんだ、喧嘩でもしたのか」

「いや、喧嘩っつーか……」

 言いよどむ。首を傾げながら苦く笑った。

「もう、ダメかもしんねえ……」

─── さよなら。

 昨日の平澤の声が今も耳に残っている。鼻にかかったような掠れたような声。労わりの言葉もかけてやらないで。ひどいことばかり言っていた。サイテーな俺。ばか。底なしのばか。

 さよなら?

 それってもう終わりって意味なのか。っつーか。俺のほうからそう仕向けたのか。

 平澤とあの高本って先輩の間に何かやばいことがあったなんて、こっちが二股かけられてるなんて、本当は露ほども疑っていないのに。なのに、平澤の顔をまともに見ることが出来ないんだ。何でなんだ。

─── それに俺らって、あれだろ、元々三ヶ月だけつき合ってみようって言って始まっただろ? お試しでって。その程度の関係じゃん? 今って、ちょう度、その三ヶ月目なわけだし。

 あれって誰が言ったんだ。俺? まじで俺? 平澤じゃないけどさ、今頃言い出す話かってことだよ。

 恥ずかしい台詞だな。ほんと、嫌になる。ぐわっと頭を抱え込んでいると、

「おい、アキヨシ。……取り敢えず、ちゃんと食事をしなさい」

祖父の冷静な声に窘められた。

「わかってるよ」

 ぼそっと言いながら顔をあげ、ソースの容器に手を伸ばした。それをトンカツにかける。つけあわせのキャベツにも。

「……明日は外で食ってくるから。晩飯、いらねえや」

「何かあるのか?」

「パーティーだってさ。事務所の設立何周年だかの記念のやつ」

「ああ。もうそういう時期か」

 事務所主催のパーティーは毎年行われている。事務所近くのお洒落な店を借り切って、事務所の人間だけじゃなく雑誌記者やスタイリストやデザイナー、テレビ関係者までをも招待して行われる。設立の記念だと謳っているけど、所属しているタレント、モデルをそいつらに売り込むのが目的だってことは誰もが承知だ。レイさんらしい。と、いうか。こういう世界では当たり前のことなのかも知れないって、最近思うようになってきた。生き残りを賭けた競争は俺が思っていた以上に熾烈みたいだ。

 男ふたりで顔をつき合わせて食べる部屋はしんとしていた。俺が投げた爆弾の効果もあってか、いつもより静かだ。テレビの音だけ響いている。それさえも、どこか遠くで鳴ってるみたいに耳に入ってこなかった。

「……謝ればいい」

「は?」

「ひと言ごめんって言えば、それだけで上手くいくことだってあるんだぞ」

 まだその話つづいてたのかよ、って思った。

 謝る? 思わず唇が尖った。

「俺が悪いってなんでわかんだよ」

 幼稚な台詞だな。

「違うのか?」

 祖父は茄子を口に入れながら言う。それはないだろ、って口調だ。こっちが悪いって決めつけてやがる。

 違う? いや、違わないだろ。ここまでこじれたのはやっぱ俺の所為だって、平澤を全然受け付けない俺の所為だって、それはわかってる。だけど、どうしようもないことだってあるんだよ。

「女々しいと嫌われるぞ」

こっちの考えてることがわかってんのかどうか。痛いとこを衝いてくる。

「うっせえな……」

「男は度量が狭くちゃだめだ」

 ぐっと詰まった。

「もうその話はいいよ。こっちだって色々考えてるんだ。ほっとけよ」

 孫の横柄な言葉は祖父には少しも堪えないらしい。平然とした顔で飯を食べつづけてる。

「お前にはもったいないいいコだったのにな」

 最後にしみじみとそう言われてずっこけそうになった。

 ……過去形かよって話だ。

 


 長いこと掌に納められた携帯電話はすっかりぬくくなっていた。

 ベッドの上で仰向けになって黒い精密機器を手に考え込んでいた。

 あの忌々しい写真はとっくに削除した。

 手を繋いだふたりの写真より、もう一枚の写真のほうが頭に強く残ってる。平澤の高本に向けられた幸せそうな笑顔。えくぼ。

 ばん、っと。ベッドの隅っこの布団の上にケータイを投げ付けた。

 ダメだ。メールも電話も。まるでする気になれない。したところで、自分が何を言い出すのか、わかったもんじゃない。

─── だけど、それ、違うの。高本先輩と、あたし、そんなんじゃないっ。

 何がどう違うっていうんだ。意味わかんねえし。

 今頃平澤は何をしてるんだろうかって、それはずっと気になっている。風邪、ひどいのかなって。明日は学校に来られるんだろうかって。声だって。聞きたいのに。

─── 男は度量が狭くちゃだめだ。

 わかってる。そんなこと。

 俺の心はすんげえ狭い。

 あの。

 黒い携帯電話ほどもない。

 


 女のつけた香水の匂いが鼻をくすぐる。柑橘系の匂い。

 合わせた唇が、グロスの所為かそれとも口紅自体がそうなのか、ぬめるのがわかった。舌が入り込んでくる。

 この女、名前なんつったっけ。最近事務所に貼られてる写真でよく見かけるけど、仕事を一緒にしたことはない。背が俺とそんな変わらないくらい高くて、目の細い、アジア系美人顔の女。

 仄暗いパーティー会場の、化粧室につづく狭い廊下ですれ違いに声をかけられた。少し話こんでいるうちにこんな展開になってしまった。

 平澤の顔が頭を過ぎるけど敢えて無視した。

 そう。今までだってずっとそうだったんだ。こんな風に。アソびでつき合ってれば、そのほうがずっと楽なんだ。マジで誰かを好きになるなんて。気が遠くなるくらい自分には似合わない。今頃そんなことに気づくなんてな。

 身体の柔らかな線に手を這わせても女は拒絶しなかった。

 熱い。身体は痺れるくらい熱いのに、頭はどんどん冷えていく。平澤の顔がちらついて仕方ない。

「ねえ」

耳許で囁かれる。「ふたりで抜けて、どっか行かない?」

 顔を離して視線を合わせた。こちらの反応を楽しんでいるような揶揄するような視線。俺みたいな年下の、アソんでんだか純情なんだかわかんない男に興味が湧いて仕方ないって顔をしている。

「いいよ」

 ぬけぬけとそう言う自分がいた。

 女が俺の口許に指先を這わせてくすりと笑った。

「じゃあ、ちょっと待ってて。お化粧直してくるから」

 頷いて身体を離した。

 踵を返すと、こんなとこまでお堅いスーツでやってくる間抜けなマネージャーと目が合った。こちらへ近寄ってくる。

 俺の顔を見た途端、ぎょっと目を見開いた。……何?

「まずいっすよ。アキさん」

「何が」

「あのひと」

と、女が消えた化粧室のほうに視線を送る。「セイハさん。あのひとって、小野さんのカノジョじゃないっすか」

「……そうなの?」

 つーか。こいつ、さっきの見てたのか。どうしようもなくいやらしい俺を見られてた。

「別に、いいよ。俺、もう帰るし」

「え」

「さっきのひと、トイレから出てきたらテキトーに言っといて」

「えええ。自分がっすか?」

「いいじゃん。マネージャーだろ?」

 渋い顔になる。それは自分の仕事じゃない、って顔してる。

「まいったなあ」

 店の出口に向かうと、品川もついて来た。

「アキさん、あんな可愛いカノジョがいるのに、平気で他のひととあんなことしちゃダメじゃないっすか」

「……」

 可愛いカノジョ。よく言うよな。この間は平澤の前で悪い虫、とか言ってたくせに。

「そういや、この前、リハの途中で、うちの社長に何か言われてましたよ、あのコ」

 店の扉を開けたところで足を止めた。ゆっくりと品川のほうに目を向ける。

「なんか。泣いてるみたいに見えましたけど」

 泣いてるみたいに?

─── ごめんなさい。嘘、ついたのは謝る。土曜日、佐藤君と別れてから、真っ直ぐ家に帰りたくなくて新宿で降りたの。偶然なの、偶然そこで先輩に出会ったの。

 真っ直ぐ家に帰りたくなくて。

 そう。

 平澤はそう言っていた。なのに─── 。

 外はもう真っ暗だった。雨が少し降っている。

 駅までの距離はほんの少しだ。傘を差さずにそのまま走った。

 何か途方もない間違いをおかした気分。

 平澤からの連絡はずっと途絶えたままだった。



 マンションの近くに辿り着いたところで一台の車から降りてくる女のコが前方に見えた。髪の長い女。

 えみりだ。

 えみりは今日のパーティーには出席していなかった。ここのとこモデルの仕事もあまりしていない。

 運転席の人間がどんなだか、俺のいる場所からは見えなかった。

 車種はセルシオ。……金持ちのおっさん?

 えみりはにっこり微笑みながら運転席の男に手を振っていた。えみりのあんな顔、見たことあったっけ? テールランプが見えなくなったところで、身体の向きを変え、ぼうっと突っ立っているこちらに気が付いた。

「アキヨシ……」

 少しだけ恥ずかしそうな顔になった。

「デート?」

「そうよ」

と、口にしたところで、俺の口許に目を留めたえみりは、その目を大きく見開いた。……何?

「……呆れた」

「は?」

「アキヨシ、今まで、事務所のアレに出てたんでしょ?」

 アレ、って。

「出てたよ」

 横目でじろりと睨まれた。

「なに、その唇。それ、まさかあの可愛い平澤かれんちゃんがつけたとか言わないわよね? どうせ、事務所のモデルの誰かでしょ? アキヨシ、まだ、そんなアソびみたいなことしてるんだ。てっきり本気であのコとつき合ってるもんだとばっかり思ってたのに。……がっかりね」

 一気に捲し立てられた。

 唇?

 何?

 えみりの瞳には侮蔑の色がありありと広がっていた。

 エレベーターの箱が開く。ふたりで乗り込んだ。

 唇。くちびる。くちびる?

 ……あ。

 ぐいっと右手の甲で口許を拭った。

 てらてら光る朱色のパールが手の甲いっぱいに広がっていた。

 ふ、っと。あまりの情けなさに口許が緩んでしまってた。隣のえみりが怪訝な顔をしている。

 どうりで。帰りの電車のなかでもホームでも好奇心丸出しの視線を感じていたはずだ。こんなことだとは露ほども疑わずに、俺も有名になったもんだと、ちょっと鬱陶しいよなと、そんなことを思っていたのだから笑える。

「あのコ可哀相ね。まさかアキヨシにアソばれてるなんて、思ってもいないでしょうから」

「……アソびなんかじゃねえよ」

だけどそっちのほうが楽だったかもな。ぼそりと呟くと、冷たい声でサイテー、と罵られた。

 サイテー。その通りだ。

 家の鍵を開ける。遅い時間だというのに廊下に灯りが点っていた。玄関に自分のではない黒い大きなローファーの靴。誰? 祖父の客だろうか。

 突き当たりのリビングの扉を開けると、思いがけない人物がソファに座っていて目が点になった。

「あ……」

 高本と祖父は同時に立ち上がり、にこやかな笑顔をこちらに向けた。が。ふたり一緒にぎょっとした顔になった。

 あ。やべ。

 口許、ちゃんと綺麗にしていなかった。

 祖父の顔がみるみる真っ赤になる。まじでやばい。血圧あんまり上がると倒れるんじゃねえの、って心配になった。

「アキヨシ。こっちに来なさい」

 近寄って来た祖父はすれ違いざまにそう言うと、廊下へと出た。厳しい声色。仕方ないのでこちらも後をついていく。

 洗面所に連れて行かれた。

 灯りを点けるなり側頭部にゲンコツを入れられた。

 痛い。

 相当力を込めて殴られたのだろう。目の前を星がちらちらと舞った。

「そんな顔でこの家の敷居を跨ぐんじゃないっ。このばかもんがっ」

 恥を知りなさい。

 俺は神妙な顔で頷くと、ティッシュを引き抜き口許を拭った。

 祖父にこんな風に叱られるのは久しぶりだ。一気に目が覚める思いがした。

「若いからといって、まだ幼いからといって、何をやっても許されると思うな、アキヨシ」

 水を流して顔を洗う。洗いながらもう一度頷いた。

「平澤さんとは喧嘩したままなのか?」

 また。黙ったまま頷いた。タオルで顔を拭く。

 背中側で、祖父が溜め息を落とすのがわかった。呆れてんだな。きっと。

「お前の学校の先輩なんだって?」

 高本のこと? 何しに来たんだ、あいつ。

「何か大事な話があるらしい。あんまりアキヨシの帰りが遅くなるようだったら、また明日出直してきますって、そうも言ってたんだが。……帰ってきてよかった」

 大事な話? 何だろ? 平澤のことだというのは間違いないんだろうけど。

「しっかりした感じのいい青年だ。お前とひとつしか違わないとは思えんな」

 ……ああ。そう。

 タオルを手にしたまま洗面所をあとにした。

 平澤と別れてほしいとか、そんな話? いや、いくらなんでもそりゃないだろ、って思う。

 まさか、な?

 取り敢えず祖父の前でできる話じゃないということだけはわかったので、自室に通した。

 マンションの六畳程度の洋室。

 高本は珍しそうにパソコンだのゲームだのに興味を示す。

「こういうの、モデルの仕事でもらったお金で買うの?」

 問われて頷いた。だから何?

「へえ……」

 冷蔵庫から拝借してきた缶コーヒーを手渡す。ありがとう、と軽い調子で受け取った。どこまでも爽やかなやつ。

 間近で見る高本の顔は、やっぱり、よく整った日本風の美男子だった。平澤が憧れてしまうのも無理はないって。そう思う。胸がすんげえ痛い。

「今日ね、平澤さんのお見舞いに行ってきた」

高本はCDの並ぶラックを見ながら何てことない感じで言った。「風邪、相当ひどいみたいで。真っ赤な顔して寝てたよ。熱が高いんだって言ってた。咳も」

 お見舞い? 寝てた?

 こいつわざと言ってんな、って思った。

 顔が熱くなる。

「俺……」

「え?」

 視線を合わせる。

「俺、平澤と別れる気、ありませんよ?」

 何言ってんの、俺。もうとっくに切られちゃってんのかもしんねえのにさ。

「え? そうなの?」

ふーん。そうなんだ。と、ひとり言みたいに呟いている。何ていうか、胸の隅っこを細い竹串か何かで軽く触れるか触れないかの距離で突っついてくるみたいな、勿体つけた喋り方。むかつく。こいつって本来こういうキャラだったのか? 案外意地悪ぃのな。

 高本に椅子を差し出し、こちらはベッドに腰掛けた。

「平澤さん、さっき言ってたよ。もう何日も口利いてないって。そう言ってたから。君のほうから別れるつもりでいるのかなって。こっちはてっきりそう思ったんだけど。それに、さっきの」

 にっこり微笑んでこちらを見る。こちらの口許を。見ながら笑いかけてくる。

 やなやつ。

 こちらはただ黙って見返すのみ。

「平澤さん、すごくいいコだよね。曲がったとこがないっていうか。いままでこんなに話しやすいコっていたかなって、彼女と話してるとよくそう思うんだ」

「……」

 平澤と違って大きくねじ曲がってるこちらは膨れっ面のまま高本の顔を見つめていた。高本は開けていない缶コーヒーを掌で弄びながらつづける。

「嫌だよね? 自分のカノジョのまわりに俺みたいな男がいたら」

「そりゃそうですね」

 言下のこちらの返事に、ふっと笑いを落とされた。余裕の笑み? 癇に障る。

「何が言いたいんですか?」

「いや」

「つーか、何しに来たんっすか?」

「ごめん、笑ったりして。なんか、君みたいないかにもモテそうな男のコが妬いてる姿って、傍で見てると楽しいっていうか、微笑ましいな、なんて思ったから」

「は?」

「だけど、違うから」

「……」

「君が心配してるような、そういうのと、俺、違うから」

 違う。平澤もそう言っていた。

「平澤さんとはそういうんじゃないんだ」

「や。意味、わかんねえし」

「俺、女のコに恋、できないんだ」

「え?」

「内藤さんから、ケータイに写真、送られてきたんだって?」

 きゅっと唇を噛んだ。あんなくだらないモノに振り回されてる自分。ちっちぇな、って改めて思った。

 いやそれより、女のコに恋できないって。どういうことだよ。やっぱよくわかんねえ。

「この前、平澤さんが君に無視されたり、内藤さんにサイテーとか言われたり、そういう散々な目に合ってるとこに出くわしちゃってさ。内藤さんと学校ですれ違ったときにちょっと声かけてみたんだ。平澤さんと何かあったの、って。そう訊こうとしたら、こっちが全部言わないうちに内藤さん、泣き出しちゃって」

「……」

「参ったよ。結構回りに人いたし、内藤さん大きな声で話すんだけど、泣いてるから全然要領得ないし」

「……」

「あれね、違うんだよ。手を繋いでたのは、ちょっと理由があって。それはあんま言いたくないんだけど、握ったのはこっちからだし。まあ、とある人間から逃がれようとしたっていうか、いや、こんな説明じゃよくわかんないとは思うけど、平澤さんのこと巻き込みたくなくて、ああいう状態になったっていうか、そんな感じで。ほんと、ごめん」

神妙な顔で頭を下げられた。「場所があんなとこだったのは、こっちに非があって。ほんと、平澤さんは全然悪くないから。ほんと、偶然」

 俺は曖昧に頷いた。ほんと、ほんと、って何度も高本は言った。

 歌舞伎町近辺のホテル街。女のコに恋できないって言い切ったこいつ。

 なんか。ちょっとだけわかったような。……気がしてきた。

 ってか。

 え? そうなの?

 いきなり背筋がぴんと伸びた。

 それってすごい重大告白じゃないかよ。

 こちらの顔色が変わったからなのか、高本の表情が少しだけ柔らかくなった。いや。元々、こいつは冷静なんだ。俺と違ってさ。

「誤解させて悪かったね」

 こいつ。わざわざそんなこと説明しに俺を待ってたわけ? すっげえ秘密を、そんなあっさり言ってしまっていいわけ? こっちは一体どういう対応、すればいいんだ? わかんねえや。焦る。

「……いや。もういいっす。っつーか。怒ってたっていうより、ただ拗ねてただけっていうか。ほんと、もう、いいです」

 言えば言うほど、自分の幼さを実感するばかりだね。

「平澤さんと、仲直り、できそう?」

「……っていうか。もうそのつもりでいたし」

 平澤のほうが許してくれるかどうかはわかんないけどね。平澤、こいつとどんな話したんだろ。平澤俺のこと何か言ってました、って訊けばいいのか。できないね。そんな情けない真似は。明日、自分の耳で聞く。

「なんだ。そうなんだ。よかった」

 爽やかな笑顔だ。切れ長の目がすうっと細くなる。でも細められた瞼の奥の目の輝きがちゃんと見える。綺麗な顔してんな。

 こんな女のコにモテてモテて仕方なさそうなやつが。……そうなんだ。

 世の中うまくいかねえな。

 って。俺、こいつとこんな時間にこの狭い部屋にふたりきりでいていいわけ? 危険?

 なんてくだらないことを考えていたら、全てお見通しって顔で、

「君は、俺のタイプとは全然かけ離れてるから。心配しなくても大丈夫だよ」

てなことを言われた。

 かけ離れてる? ほっとしたようなでも聞き捨てならないような。複雑な心境だな。

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