GOKUSEN(パラレル)

俺と3Dの例の四人との交点は何の前触れも無くある日突然、けれど生まれるべくして形成された。
昼休みがもう終わろうかという時間にその四人は3Cの教室にやって来た。クラス中の視線が釘付けになる。ただ、教室の中まで入ってきたのは三人だけで、クマだけは教室の入り口に佇んでそこから先へ入って来ようとはしなかった。クマの俺を見る心配そうな目つきに嫌な予感がした。
突然の異邦人の侵入に一瞬にして静まり返る教室。派手な髪型に派手なシャツ。3Cにこいつらみたいな格好をしたやつはひとりもいない。
「沢田慎って、どいつ?」
口を開いたのは内山だった。
クラス中の視線が俺に注がれた。
教室の隅の席に座っていた俺はじっと内山を見遣る。向こうも俺の顔を見据えていた。
一体何だって言うんだ。
内山は俺に近寄ってくると
「沢田慎って、お前?」
俺は何も言わずに内山の目だけを見返していた。それだけで相手には伝わったようで、
「ちょっと、顔貸してくんねえ?」
そう言った。
「・・・何?」
俺は腰を降ろしたままで訊ねる。
今日も綺麗に編み込まれた金色の髪を持つ内山は、教室全体に視線を這わせてから
「ここで言ってもいいのか?」
思わせ振りな台詞を吐いた。
山口とのことがバレたのだろうかと一瞬考えた。それにしては内山の態度は落ち着いている、と俺は思いを巡らせていた。
椅子から立ち上がろうともせず、黙って長身の内山を見上げる俺に内山は痺れを切らして口を開いた。
「O女の小山あけみって知ってる?」
どうやら山口のことではないらしい。内心安堵する。
「・・・知らねえよ」
一体何の話をしているのか。
「嘘つくんじゃねえよっ」
内山の後ろに立っていた髪の毛を肩まで伸ばした男が喚くように言った。この教室に入ってきたときからずっと苛々した仕草で髪をかきあげたり、膝を揺らしたりしていた男だ。
「南、落ち着けって」
内山は、南という男の胸の辺りを掌で押さえて、諭すように言った。そうしてもう一度俺に顔を向けた。
「本当に知らねえの?」
「知らねえよ」
「だけど向こうは、夏休みに予備校で、白金の沢田慎と知り合った、って言ってる」
夏休み。予備校。O女。
俺の脳裏に頭もお尻も軽めの女の顔が浮かんだ。
「・・・あ」
俺の洩らしたたったひと言に南が尋常ではない反応を示した。
「てっめえ。ほんとは知ってんだろっ」
いきなり胸倉を掴んできた。俺は構わず、
「・・知ってたら?何だって言うんだ?」
冷めた声で面倒臭そうに訊く。
「あけみちゃんは俺の女なんだよっ」
へえ。そうなんだ。
「・・・だから?何?」
少しも怯まない俺の態度が癇にさわったらしい。てっめえ、ひとをばかにしてんのか、と南は顔を真っ赤にして怒りも露に言った。
「南のカノジョが、夏休みに、お前に無理矢理ホテルに連れ込まれたって言ってんだよ」
と、南の後ろから内山の声。こちらもいい加減苛ついた声になっている。
無理矢理ってなんだ?
「・・・」
「あけみちゃん、妊娠したかも、って」
南はそう呟くと俺の胸元を掴んでいる手の力を抜いた。
「は?」
何だ、それ。
「さっき、泣きながら電話してきた」
がっくりと肩を落としている姿は余りにも滑稽だ。
神聖な教室で。こんな大勢の前で。一体何を言い出すんだ。勘弁してくれ。
「ほんとに、そんなことしたのか?」
内山が神妙な顔で訊いてくる。入り口に立っていた筈のクマの姿はいつの間にか見えなくなっていた。
「・・・無理矢理なんてするかよ」
目の前の男が余りにも気の毒で、向こうから誘って来たとはさすがに口にはできなかった。
「ほんとに?ほんとにあけみちゃんとホテルに行ったのか?」
弾かれたように顔を上げた南は信じられないという態で訊く。俺は黙っていた。
「てっめえ・・」
再び南が闘志を剥き出しにした。「妊娠してたらどうしてくれんだよっ」
・・・そういう問題か?おい、問題はそこなのか?
間近に迫ってくる南の顔は馬鹿みたいに真剣だ。
俺はその顔を見詰めながら
「・・・俺はちゃんと避妊したよ」
そう言ってやった。
何だって俺がこんなことを。公衆の面前で。
俺はこの時、クラス中がヒイていく空気をはっきりと感じていた。
一瞬歪んだ南の顔に再び怒りが走る。
いきなり拳が頬に飛んできた。
痛い。目の前が真っ暗になったかと思うと強烈な痛みが頬から耳、後頭部へかけて走った。俺の背中の向こうで机やら椅子やらがひどく派手な音を立てて倒れた。黄色い声がそこかしこから上がる。
何なんだ。この男は。何だってあんな女の為にここまで必死になって怒ってるんだ。
───ほんっと、白金の男ってサイテーなやつばっか───
あの日あの女は確かにそう言った。
俺は左頬を右手の甲で押さえながら立ち上がると、
「あほくさっ・・」
唇を歪ませて吐き捨てるように言った。思わず顔に薄ら笑いが浮かぶ。
「何だとっ?」
「お前な・・」
我慢できなかった。茶番だと思った。ふざけんなと思った。眼を見開く南を見下ろすと、蔑むように俺は言い放った。
「お前な、とっくにその女に見切られてんだよ。じゃなきゃ俺と寝たりするかよ。そんなこともわかんねえのかよ。いちいちばか臭えんだよ、やってることが」
「沢田。てめえ・・」
今度は内山が低い声で歯噛みしながら俺に近寄ってきた。「さっきから何なんだよ、そのひとを小馬鹿にしたような態度はよっ」
態度?ああ。それならこっちだって気に入らない。他所の教室まで来て何やってんだ。それにこれは俺と南の問題だ。何だって四人で一緒にやって来るんだ。友達ごっこなんかやってんじゃねえ。自分でもよくわからない得体の知れない怒りが肚の内側からふつふつと湧いてくる。
「・・・お前には関係ねえだろ?」
「なにっ・・?」
俺と内山は睨み合った。
「おい。うっちー、やめとけって。暴力はまずいよ・・」
ずっと黙っていた目の大きな短髪の男が俺と内山の間に割って入る。
「お前えらっ。何やってんだっ」
───。
山口の声だった。
俺に手を掛けようとしていた内山の動きが一瞬にして止まる。
「やんくみ・・」
山口と藤山が連れ立って教室に入って来るのが視界の端に見えた。正視はできなかった。山口の後ろにはクマの姿。
・・・クマ。いちいちセンコー呼びに行ったりするんじゃねえよ、小学生じゃないんだからよ。
そう思いながら、俺は唇の端に滲んできた血を右の親指でそっと拭った。
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05/4/11UP
彼女の髪に頬に目に耳に 11.