GOKUSEN(パラレル)


          
             




「お前ぇら、こんなとこまで乗り込んで来て一体何やってんだ?」
山口が3Dの連中を見ながら言う。
教室の入り口に佇むクマと一瞬だけ目が合った。クマはやはり中に入ろうとはしない。
近寄ってきた藤山は俺の顔を見ると血相を変えた。
「やだ、沢田君、口の端切ってるじゃない。もしかして殴られたの?」
山口が気色ばむ。
「どういうことだ?」
静まり返る教室。誰も口を開かない。
「ちゃんと、説明しねえかっ」
山口の声はドスが利いていた。
ややあって、短髪の男がやむを得ないという風に口を開いた。
「こいつが。・・この沢田ってやつが、夏休みに南の女に手ぇ出したんだ」
山口がえっ、と虚をつかれた顔をした。
「・・・夏休み?」
訊き返す。
あ。やっぱ、そこに反応するわけね。
でも、それって他のやつらからみるとちょっと変だろ。
「・・・やんくみ?」
内山が不思議そうに山口の顔を覗き込んだ。
「あ、いや・・」
「で、そのコが、妊娠したかも、って南に泣きながら電話してきたんだ」
そんなことまでセンコーに話すかよ。俺は心の中で嘆息した。こいつらの師弟関係が俺には全く理解できない。
このとき山口がどんな表情を見せていたのかはわからない。俺が山口の顔を直視することができなかったから。
「本当なの?沢田君?」
藤山が心配そうに問いかけてくる。
俺はひとつ息を吐くと、
「・・本当だとしても、ここにいる誰にも関係ない」
南ではなく、内山の目を見ながらはっきりと言った。
「なんだとっ・・」
内山がやにわに俺の胸倉を掴んだ。可愛い顔してるくせに呆れるくらい気が短いやつだ。
「南は?あ?南にも関係ないって言うのかよっ?」
「やめろ。内山・・」
山口が俺と内山の肩に手を当てて引き離した。視界に映る山口の顔からは血の気が失せているように思えた。
と。不意に、この場に似つかわしくない携帯の着信音が響く。
「あ。俺だ・・」
ズボンの後ろポケットをまさぐりながらそう言ったのは南だった。南はディスプレイを見ると、あ、あけみちゃんだ、と呑気な声を出した。どこまでも気の抜ける野郎だ。
「あけみちゃん?うん。俺・・」
斜め前で心配そうに南に視線を当てる山口の横顔を俺は盗み見た。今、山口の胸中に何が渦巻いているのかは、想像に難くない。
「うん。・・・え?え?そうなんだ。・・・よかったじゃん。・・・・うん。うん。わかった」
どこまでも楽天的な声。それでも電話を切った南は少しだけ申し訳なさそうに、俺の顔は見ないで山口や内山たちに向かって、
「あ、あけみちゃん、生理きたって・・」
そう言った。
馬鹿馬鹿しい・・。教室中から安堵とも長嘆ともとれる溜息が聞こえてきた。
「南ぃ・・。お前なあ」
山口は肩を落として項垂れたが、直ぐに顔を上げると気を取り直したように、「まあ、いい。取り敢えず教室に戻ろう。もう授業始まるぞ。こんな騒ぎ、教頭にバレたら大変だ」
明るい調子で内山と南の背中を叩いた。
「まだ話は終わってねえよ」
内山は腹に据え兼ねるといった様子で俺を見遣る。
「うっちー。もういいよ」
南がバツの悪そうな顔で内山を止めた。当たり前だ。
そのまま帰るのだろうと思われた山口が振り返り、ゆっくりと俺の前に立った。
「悪かったな。うちの奴らがこんな騒ぎ起こして」
・・うちの奴ら?
俺の目を真っ直ぐに見詰めてくる山口の瞳が何をはらんでいるのか俺には全く見当がつかなかった。たった今おかしな話を聞かされたばかりなのによくそんな平気な顔がしていられるな、と訝る。俺が他の女とどんなことになろうと山口にとってはどうでもいいことなのだろうか。
おそらく今、俺はひどく心許ない顔をしている筈だ。
山口は何も返さない俺に微かに苦笑すると背を向けた。ぽんぽんと内山の肩を叩いて、ほら、行くぞ、そう言って並んで歩く。
「あんなやつに謝んなよ、やんくみ」
「ばかっ。騒ぎ起こしたお前ぇらが言うな」
内山と山口の会話をどこか遠いところからの声のように聞いていた。山口の、内山の背中にそっと添えられた手の甲をぼんやりと見詰める。
口内に充満していた鉄のような血の味に、苦いものが混じった。
少しずつ動き始めた教室で、俺の傍に立っていたクラス委員の女が
「沢田君、サイテー。真面目そうな振りして、女の敵じゃん・・」
呟くように言った。侮蔑の匂いの含まれた言い方だった。
俺はふっ、と唇を緩める。嗤笑した。
「安心しろよ」
「え・・」
「あんたみたいな女、間違っても手ぇ出したりしねえよ」
皮肉いっぱいに言ってやった。
途端、女が膝を曲げてわっ、と泣き崩れた。
驚く間もなく隣に立っていた別の女が
「沢田君、ひどい。彼女が沢田君のこと好きなの知ってるくせに、なんてこと言うのよ」
喚き責め立てる。
そんなこと知るかよ。
再びしんとなる教室。
ったく、どいつもこいつも・・。
帰ろう、と思った。こんな状態で午後からの授業をまともに受けられるとはさすがの俺も思わない。
その時。
派手な音が耳許で響いた。じいんと耳鳴りがして頬が熱を持った。横っ面を張られたのだとは直ぐにはわからなかった。落とした視線の先には薄灰色のジャージのズボン。
「何すんだよっ・・・」
俺は顔を上げると目を細めて山口を睨みつけた。
山口は微動だに怯まない。
「沢田、お前は何だって、そんな、ひとを傷つけてばかりいるんだっ」
「・・・」
「それでお前は楽しいのか?お前は苦しくないのか?」
「・・・」
「どうなんだ、沢田?」
「・・・」
「お前のここは痛くないのかって訊いてんだよっ」
山口がジャージの胸の辺りを鷲掴みながら言う。真摯な瞳をしていた。センコーの顔をしている、と思った。
「山口先生・・」
山口の後ろに立つ担任の藤山は、ただ狼狽えるばかりだ。
寄って来た内山が山口の肘を掴んだ。
「いいから、やんくみ、戻ろうぜ。もうそんなやつ相手にすんな」
それでも暫く俺を見据えていた山口はやや間をあけて俺から視線を外すと藤山に頭を下げた。
「・・藤山先生。お騒がせして申し訳ありませんでした」
「いえ・・」
3Dのやつらが姿を消すと、直ぐに予鈴がなった。
俺は机の中から鞄を取り出すと、未だ茫然とした態で教室を見回している藤山に
「早退します」
そう言った。
藤山は僅かに瞠目したが直ぐに、
「そう。わかったわ」
と頷く。それ以上、何か言ったり訊いたりはしてこなかった。
俺は、クラスの女子に囲まれ慰められているクラス委員の女の横に立った。
「・・悪かったよ」
それだけ言って教室を出る。
授業の始まりを告げるチャイムが鳴った。教室の外にはもう誰もいなかった。


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                                           05/4/21UP

彼女の髪に頬に目に耳に 12.