GOKUSEN(パラレル)

俺は居酒屋でバイトをしている。
無論学校には内緒だ。アルコールを取り扱う接客業のバイトは学校で禁止されていた。が、白金学院からはかなり離れた場所なので絶対見付からないだろうとタカを括っていたのだ。実際バイトを始めてから2年間、ずっとバレずに続けて来られたわけだし。
で。またお前?
なんで?なんでお前なんだよ。
「沢田・・・」
山口も驚いている。というより呆れているのか。俺の行為にではなく、互いの秘密に偶然出くわすことの余りの多さにだ。
ああ。でも、見付かったのが山口でよかったかも。俺はそんなことを考えていた。山口は絶対他のセンコーにチクったりはしないだろうという奇妙な確信があった。
山口は俺の心の中を見抜いたようで
「お前、安心してっけどな、後から川嶋先生が来るんだぞ。帰るか、奥に入ってたほうがいいんじゃないのか?」
「まじ?」
「ああ・・・」
そう言いながら鞄の中からなんだか奇妙な音楽を奏でる携帯電話を取り出した。
「あ、川嶋先生」
俺は、焼き鳥を反しながら耳を欹てる。
「え?裕太が?そうなんですか?・・・ああ、じゃあ、仕方ないですね。いいですよ、気にしないで下さい。お大事に。はい・・」
山口は電話を切るとカウンター越しに俺の手許を見詰めながら
「どうしよう・・。帰ろうかな」
と呟いた。
「何?川嶋、来ねえの?」
「裕太が・・・川嶋先生の息子が熱出したんだって」
「川嶋って、子供がいるの?」
「うん?ああ。シングルマザーってやつだ」
そう言いながらカウンターの椅子に腰を下ろす。その目は俺の指先が摘む焼き鳥の串に釘付けだ。何だよ、食いてえのかよ?
「焼き鳥とビール、もらおうかな・・」
俺はぷっと吹き出すと
「生?瓶?」
「生」
「カウンター3番さん、生と串いっちょうー」
俺の言葉に他の店員が反応して同じ言葉が返ってくる。
山口は俺の顔を見詰めながら
「まずいよな」
首を傾げている。
「何が?」
「お前見ても、全然生徒って感じがしないんだ」
「俺もお前のこと、先生って思えねえよ、最近な」
「・・・」
山口はやや不満そうな顔はしていたがそれ以上は言わず、俺もその後は忙しくて話をしないでいた。
それから30分くらいして事件が起こった。
奥の畳の部屋に座っている団体客の数人が喧嘩を始めたのだ。
図体のでかい男ばかりの、体育会系の大学生といった風情の連中だった。お酒を出す店ではよくあることだ。別のバイトのやつが店長を呼びに行ったので俺はあまり気にせず傍観していた。
が。
カウンターに座っていた山口が立ち上がってそちらに行こうとしている。
「山口?」
「こんな、ひとの大勢いるところで暴れやがって・・・」
我慢できねえとばかりに低く呟いている。
え?え?な、何考えてんの、お前?酔っ払ってんの?
「おいっ、山口。直ぐに店長来るから、ほっとけって」
お前みたいなちっせえ女に何ができるんだ。
俺の制止の言葉は山口の耳には届いていないようだった。
そして俺もその時まで知らなかったのだ。
山口がめちゃくちゃ喧嘩が強いという事実を。
「くっせえ・・・」
山口は厨房の裏で自分の身体に鼻を当ててくんくん犬のように匂いを嗅いでいる。
山口は無傷だったが、伸した男と一緒に居た連中に頭から酒をかけられていた。
髪の毛はねっとりとその顔に張りついて、服も濡れた部分が変色してかてか光っていた。何より気になるのは強烈に鼻を刺激するその異臭だ。
俺は店長と話をして今日は早く帰らせてもらうことにした。店長も山口に恩があるので快く頷いてくれた。
山口の腕を取る。
「何?」
「俺んちでシャワー貸してやる。こっから近いんだ。そんなんじゃ、電車にも乗れないしタクシーにだって嫌がられるだろ」
「え?いや、いいよ。生徒の家になんかいけないよ。お前の親だって・・・」
「俺、ひとりで暮らしてっから」
「え?そうなの?でも・・・」
言い澱む山口を無視して腕を引っ張る。俺は少し興奮していた。こいつの喧嘩の強さに。というか、その立ち回りのかっこよさに。
そういえば暴力教師と呼ばれていたな、と例の事件のことを思い出していた。でも、あの頃はこの女に全く興味がなかったのでどんな事件だったのか憶えていない。と言うよりは全く情報として頭の中に入ってきていなかった。
山口は抵抗するのを諦めたのか黙って着いて来ている。時折鼻をくんくんさせながら。
その時の俺にはあわよくばという考えは全くなかった。
これは本当。
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04/12/12UP
彼女の髪に頬に目に耳に 3.