GOKUSEN(パラレル)


          
             




山口はシャワーを浴びた後、俺の出したTシャツとハーフパンツを文句も言わず身に着けると所在無さ気に部屋の中をうろうろと歩き回った。
台所の換気扇の下に置いてある煙草と灰皿を一瞥したが何も言わない。
さっき店で、生徒って気がしないと言っていたが本当にそうなのかもしれないと俺は思った。
「何か飲む?つっても酒はビールくらいしかねえけど」
「てめえ・・・」
「今更だろ?そんな顔して睨むなよ」
山口は溜息を落とす。そして唐突に質問してきた。
「藤山先生は?」
「え?」
「お前が独り暮らししてること知ってんの?」
「いや、言ってねえよ。学校のやつは誰も知らねえと思う」
気が付くと山口の顔はいつの間にか生徒を心配する先生の顔になっていて俺は警戒する。幾分がっかりもした。
「何でひとりで暮らしてんの?実家は遠いのか?」
「・・・うるせえな。センコーみたいなこと訊くなよ」
「いや、センコーだから・・」
「そうだっけ?」
山口はがっくりと肩を落とすと背の低いガラステーブルの前に腰を降ろした。再び部屋の中を見回す。
「何にもないんだな。・・・机もないし、勉強はここでしてんの?」
「ああ」
俺は缶ビールとグラスを山口の前に置く。一応自分用にはウーロン茶。こいつもやっぱりセンセイだということがたった今判明したから。山口の向かい側ではなく横に座る。
「お前って、めちゃくちゃ頭がいいだけの真面目な優等生に見えてたのに。人間ってわかんねえもんだな」
しみじみと言う。
「なんか言い方がばばくせえんだけど」
「だけど沢田はしっかりしてっから独り暮らしも大丈夫そうだな。うちのクラスの連中じゃ、ちょっと信用できないけど。お前は心配いらないって感じがするよ」
そう?
山口はグラスにビールを注ぎながら思い出し笑いみたいにふふっと声を漏らした。
「何?」
「いや、うちのクラスのやつでも内山あたりならちゃんと独り暮らしできそうだな、と思って」
「誰?それ」
「え?うちのクラスの背の高い金髪の・・・知らないのか?」
「知らねえよ」
知らないやつの名前なんか出すんじゃねえよ。
「ちょっと喧嘩っ早いけど、母親思いのいいやつなんだ」
「へえ。・・・なんか自分の身内の自慢話してるみたいだな」
「ふふ。身内だよ」
「あ、そ」
なんか面白くない。
3Cの担任の藤山なら絶対言わねえ台詞だ。
「自分のクラスのやつ以外は興味ないのか・・・」
自分のクラスのやつにも興味はねえよ。
俺は少し考えてから
「クマなら知ってっけど」
言ってから後悔した。案の定こいつは食いついてきた。
「そうなの?あいつもすっげえいいやつだよな」
「そうだな。あいつとは小学校からずっと一緒だったから知ってる」
あ、こんなことまで。俺って馬鹿だな。
「へえ。そうなのかあ。でも内山のことは知らないのか。クマといつもつるんでるんだけどな」
また、そいつの名前?言わなきゃよかったと大いに後悔した。黙らせたい。
「あれ?でも、お前みたいに勉強できるやつがなんで、うちの学校に・・・」
「お前、うるさいよ」
俺は山口の首に掌を当てる。「ちょっと黙れ」
少しも用心していないこいつの顔に自分の唇を近づける。
「さわ・・」
この期に及んでまだなんか言うつもり?ほんっとうるさい女だな。
合わせた山口の唇は少し冷たかった。シャンプーの香りが鼻を掠める。
優しく当てた後ゆっくりと舌を差し入れた。
抵抗はしない。代わりに応えてもこない。
これってどうなんだ?続きをしても構わねえの?
俺は確認の為顔を離して山口の表情を窺う。上目遣いに俺を見る山口の顔から眼鏡を取るとテーブルの上に置いた。手首を掴んでベッドの縁に座らせる。嫌なら、嫌と言えばいい。無理強いはしない。
山口は唇を噛んで、やや怒ったような面持ちで俺を見返してくる。でもベッドに腰掛けることに異議は唱えない。お前ここに座ることの意味わかってる?
再び唇を合わせて舌を絡ませながら今度はそのままゆっくりと身体を押し倒した。山口の艶のある黒髪がシーツの上に散らばった。そのまま唇を這わせて耳朶を軽く噛む。右手でTシャツの上から胸の膨らみを優しく揉んだ。
・・・ちっせえ胸だな。でもちゃんと柔らかい。
少しだけ山口の吐く息が震えた。震えているのは呼吸だけではなかった。全身が小刻みに震えていた。こんな女は他に知らない。
俺は驚いて顔を上げる。
「まさか初めてとか言うんじゃねえよな?」
「ち、ちがうよ」
山口は消え入るような声で、「でも、篠原さん以外のひととこういうことしたことないんだ」
そう言って俺の肩に手を掛けて引き寄せると
「どうしたらいいかわかんない・・・」
俺の胸に顔を埋めて今にも泣き出しそうな声で言う。
「いやなら止める」
山口は俺の下で首を横に振った。
「止めなくていい」
なんで?
俺は疑問に思ったが敢えて口には出さない。俺がもう止めたくなくなっていたから。
忘れたいからか?あのシノハラって男のことを。だから俺がこういう人間だって知っていながら、ここまで着いて来た。そういう訳か。
俺を利用しようとした?
別にいいよ。それならそれで構わない。そういう気分の時もあるだろうから。
俺はできるだけ丁寧に丹念に唇と舌と指で山口の身体を愛撫していった。山口は殆ど身じろぎひとつせず、唇をきゅと結んで声も上げないで俺の肩に手を当てていた。もしかして全然感じていないのかもしれない。まあ、気持ちが他所の男にあるんじゃ仕方ねえか、と俺は妙に納得していた。
最後の1枚になった下着に指を掛けると途端に山口が抵抗を見せた。今更、なんだよ。俺は構わずそれをぐいっと下げると指先をそっと這わせてゆっくりと忍ばせた。
───。
「・・・なんだよ、ちゃんと感じてんじゃねえか」
ひとり言のつもりだったのに、山口は背けていた顔をぱっと向けると真っ赤になって俺を睨みつけた。侮蔑ではない。羞恥と驚愕の入り混じった猛烈に悔しそうな顔で。
こいつ・・。
信じらんねえよ、この女。
ひとりで闘ってたわけ?
ひとのこと馬鹿にしやがって。
怒って、もうやめた、やってらんねえと、お終いにしてもいい場面なのに。信じ難いことに俺はこれまでに経験したことがないほどの欲情を身体の中心に覚えていた。
こいつメチャクチャ女じゃねえか。
ガキみたいな顔してるくせに。大の男を倒せるくらい喧嘩が強いくせに。教師のくせに。
他に好きな男がいるくせに───。
俺は山口の顔を見据えたままゆっくりと指を動かし始めた。
その瞬間山口は喉をぴくりとさせ唇を少しだけ緩ませた。
けれど決してその反抗的な表情を崩そうとはしない。
俺は身体の奥底から何か熱い塊に突き動かされるように、その後はもう滅茶苦茶に、理性の欠片もなく、ただひたすら。
相手が抵抗しないのをいいことに。
その目の前にある女の身体を貪った。


「さむ・・・」
凍えるような冷気を感じて目を覚ました。寝入ってからおそらく1時間も経っていない。
けれど部屋の上部の小さな窓から見える空は、すでに白み始めていた。
ベッドの下に落ちている細長いリモコンに手を伸ばす。
エアコンの温度を下げられるだけ下げていたのに、そのまま眠ってしまったらしい。
「う・・・ん」
横で眠っている山口が寒さの所為かその身を寄せてくる。俺は足元でぐちゃぐちゃになっている薄手の掛け布団を肩まで持ってくると山口の首の下に腕を差し込んでその身体を抱き寄せた。
山口の身体はすべすべしてそしてその体温はコドモのように温かった。
甘えるように額を胸に擦り付けてくる。ほんとにコドモみてえだな。
俺の胸に顔を当てたままで山口が小さく呟いた。
「しのは・・ら・・さん」
───。
ふうん。そうか。そうだよな。そんな簡単には忘れられないだろうよ。あんな別れ方した訳だし。俺はあの時見なかったけど、すっげえいい男だっていうじゃねえか。
・・・。
だけどな。
ここは俺の部屋なんだよ。そんでこれは俺のベッド。ちょっと狭いけどな。
ついでに言うと今隣にいるのはシノハラじゃなくてサワダなんだよ、サ、ワ、ダ。
ちくしょう。
なんだってこんなに腹立たしいんだ。
俺は眼前の女の頭頂部を見詰めながら今すぐこの女をこのベッドから、いや、この部屋から追い出したい衝動に駆られた。
それなのに。
俺のとった行動と言ったら。
山口の髪に唇を落とすとその身体をさらに強く抱きしめ、あろうことか大事そうに抱え込んで再び眠りに落ちてしまった。
腕の中の小さな身体は本当に柔らかくて暖かくてしっくりと気持ちよかったのだ。



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                                           04/12/12UP

彼女の髪に頬に目に耳に 4.