GOKUSEN(パラレル)


          
             




藤山の足音が遠ざかるのを確認してから俺は山口のほうに歩み寄って行った。
「何サグリ入れてんだよ?」
突慳貧な口調で山口に詰め寄った。山口は書棚を背中に逃げ道を塞がれる。
「サグリなんか・・・」
瞼を震わせて上目遣いに俺を見る。
「知りたいことがあれば俺に直接訊けばいいだろ?」
「だって・・・」
「クマにまで訊いたのかよ、俺のこと?」
山口は俺を見詰め返したたままで何も答えない。
俺は天井を仰いで息を吐いた。
「サイテーだな」
「・・・」
もう一度顔を落として冷めた視線を送ると山口の瞳が揺れた。
「俺はこそこそされんのが一番嫌いなんだよ」
「ごめん」
殊勝に俯く山口の白いつむじを見ていると、この間のことを思い出してなんだか胸が苦しくなった。息苦しさを感じて俺は山口から身体を離す。
途端に山口がほっと安心したのがわかって、ムカつく。
部屋を出ようとする俺の背中に山口が言った。
「沢田のことが・・」
「・・・」
「沢田のことが知りたかったんだ。だけど・・・」
知りたい?俺のことが?
「沢田が、あたしのこと避けてるみたいだから訊けなかった」
「は?避ける?俺が?」
避けてるのはそっちじゃねえか。俺は思わず振り返る。山口は真っ直ぐにこちらを見ていた。
「違うのか?」
「そっちこそ」
「え?」
「・・・後悔してんだろ?」
山口は凛とした瞳で
「後悔はしてないよ」
はっきりとそう言った。「だけど、沢田のことを利用した」
「・・・」
「篠原さんを忘れたかったから。・・・ひどいことした」
頭を下げる。「ごめん」
「いいんだよ」
俺はぼそりと言う。「わかってやったんだかから」
「え?」
「それに俺は男だから」
腰を折って山口の顔を覗き込む。「ああいう利用のされ方なら大歓迎なんだよ。また、いつでもどうぞ」
口許をニヤつかせて揶揄うように言うと山口は真っ赤になった。睨みつけてくる。その顔、すんげえそそられるんですけど、センセイ?
「で?どうなんだ?」
「何?」
「忘れられた?」
山口は首を傾げて
「んー。どうかな・・・」
なんとも心許ない返事をする。
まあ、無理だろうな。寝言でまだ名前呼んでるようじゃな。
俺は山口の手の中にあるメモ用紙を指先で奪うと、
「何?」
「え?」
「後、何て本探せばいいの?」
「手伝ってくれるのか?」
俺は返事もしないでメモ用紙と長テーブルの上に置かれた本をチェックして書棚に視線を移す。
「何だよ、これ、バラバラじゃねえか。こういうのって、著者別に並んでるもんなんじゃねえの?」
「・・・白金の図書室だからな」
俺は山口の言葉に呆れて脱力する。
お前、その白金の教師だろうが。
「・・・理由が知りてえの?」
指でひとつひとつ背表紙を確認していく。
「え?」
「俺が前の学校、退学になった理由。知りたいんだろ?」
「いや、いい。ごめん。言いたくないこともあるよな」
山口はしおらしく答えながら、「あ、あった。これだ」
本を手に取るとすでにテーブルの上に乗せられたそれに重ねる。
「後は・・」
「センコー、殴ったんだよ」
「へ?」
「・・・それだけ」
山口は呆けた顔で俺の顔をじっと見る。
「あ、これじゃねえの?」
「殴った・・って、沢田が?」
「そんなびっくりすることでもないだろ?よくあることだよ」
俺は山口の頬を本を抱えていないほうの掌でぺちぺち叩いた。
最後の1冊を乗せると重ねてある本を5冊とも抱え上げた。分厚い辞書みたいな本ばかりでずっしりと重い。
「どこに持ってけばいいんだよ?職員室?」
「あ、うん、でもいいよ。あたしが持ってくから」
そう言って俺の腕から本を奪う。触れてくる細い身体を目の当たりにすると堪らなくなって
「・・・今日、うちに来ねえ?」
思わずそう言っていた。
山口の動きが一瞬止まる。俺の顔を見上げて
「今日、バイトは?」
「あるけど、来るんだったら休んでもいい」
「ダメだよ。そんなことしちゃ」
山口は本をどん、とテーブルに置くと、「いい加減なことしちゃだめだよ、沢田。お前お金もらってるんだろ?働くってのはそんな簡単なことじゃない」
くそ真面目な顔で説教を始めようとする。うるさい女だ。馬鹿正直に答えるんじゃなかった。
「・・・わかってるよ」
「それに今日はあたしも約束がある。お前も聞いてたんだろ?」
「・・・行くの?」
「行くよ」
「お前大丈夫なのかよ?」
「・・・」
「平気で別れた男と会えんのかよ?断ればいいじゃねえか」
「できないよ」
「なんで?」
「他の・・・藤山先生たちはあたしと篠原さんがつき合ってたこと知らないんだ。だからフツーにしてたい」
山口は俺から視線を外してそう言った。
「嘘つけ」
嘘だと思った。
「え?」
会いたいのだ。あの男に。
「いや、いいよ。わかった」
俺は大したことではないような素振りで本を抱えると、「これ、職員室の藤山の机に持っていっとく」
「あ、いいよ、あたしが・・」
「いいって」
伸ばしてきた手をつい邪険に払ってしまった。ぱしり。拒絶の音が必要以上に静かな空間に響く。
「あ。悪ぃ・・」
「沢田・・」
がちゃり、と音がして図書室の扉が開いた。
「慎、ここにいたんだあ」
ぴんと張り詰めた空気を一瞬にして崩す気の抜けた声。「探したんだからねえ」
そう言って入ってきた女は山口の存在などお構いなしに俺の身体に絡みつく。
「ね、こんなとこで何してたのよう?」
俺はもう山口のほうを振り返らずに図書室を後にした。


山口のいつまでも快楽に籠絡されまいとする苦しそうな顔を思い出していた。
ずっと耐えていた山口が堪えきれずに陥落した刹那の腕の力と切なく漏れる声を思い出していた。
それから後のシーツの上で淫らに揺れる白い素肌を思い出していた。
それでも。
それでも山口は俺ともう一度同じ時間を過ごすことより、シノハラという男とただ会うためだけの時間を選んだ。
その事実に俺は焦れた。胸が苦しくて苦しくて仕方がない。
「ねえ、慎、今日うちに来ない?親いないんだ」
「今日はダメだ。バイトがある」
「え?慎、バイトしてるの?どこで?」
「・・・」
「ねえ。そんなのサボっちゃえばあ?」
「・・・ダメだ」
薄々気が付いてはいた。
山口を知ってからの俺は、他の女への興味を全く失っていた。
それってどうなんだ。
ちょっとヤバくねえ?



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                                           04/12/25UP

彼女の髪に頬に目に耳に 6.