GOKUSEN(パラレル)


          
             




夏休みに入った。
毎日毎日うだうるような暑さだ。暑いのも寒いのも得意なほうではない。早く夏が終わればいいのに。毎年この時期になるとそんな風に考えてしまう自分を、俺って本当に十代なんだろうかと嘲笑する。
普段、塾には行っていないが、この時期になるとさすがに白金の授業だけでは不安になってきて休みの間だけ予備校の夏期講習に通うことにした。
実家にその費用を用立てて欲しい旨電話を入れる。おそらく母親とまともに話をするのは3ヶ月振りくらいではないだろうか。母は一も二も無く頷いて代金の振込先を訊いてきた。
「慎が学校変わってもちゃんと勉強してくれて、お母さん本当に嬉しいのよ」
電話をする度必ず母が言う台詞。白金に転校させられた息子が自棄を起こすのではないかと心配しているのかもしれない。あんたの息子はそんな馬鹿はしないよ。あんたと一緒で結構計算高いんだ。前のガッコーで先生殴っちゃったのはほんの些細なミス。
母は暑いから身体に気をつけてねと言って電話を切った。会いたいから帰って来い、とは最後までひと言も口にしなかった。まあそれもいつものことだ。


「ねえ、沢田君ってカノジョいるの?」
ピンクの照明の灯る部屋。隣に居るのは予備校で知り合ったO女子高に通う女だ。クラスは違う筈なのに何故かいつも同じ教室に居る。
染めていない黒いストレートの髪と大きな目が印象的だった。ただし性格がいただけない。頭もお尻もかなり軽め。O女子高がお嬢様学校だって言うのはどうも噂だけらしい。
「ねえ、いるの?いないの?」
うざい。なんだって、やっちゃった後の女ってこんなに煩わしいんだ。さっきまではちょっと可愛いんじゃねえの、とさえ思えていたのに。
「いねえよ」
俺はいつまでもぴたっと寄せてくる身体から離れるとベッドから抜け出した。脱ぎ散らかした自分の衣服を拾う。
「いないの?ほんとに?」
女の声が跳ねる。
「・・・」
まずい。いるって言っとけばよかった。
「ねえ、ケータイの番号教えてよ」
「あー。俺、ケータイ持ってねえ」
「え?嘘」
はい。嘘です。
「いまどきケータイ持ってないなんて信じらんない」
「俺んちすんげえ貧しくって、予備校通わせてもらうだけでいっぱいいっぱい。ケータイなんて持たせてもらえねえの」
「嘘。沢田君、全然そんな感じしないよ」
俺はジーンズを履いてTシャツを着る。携帯電話と予備校の問題集の詰め込まれたリュックを左肩に掛けた。
「じゃあ」
そう言って部屋を出ようとした途端女が声を荒げた。
「ちょっと、何よ、その態度っ」
俺は振り返って冷たい視線を送る。女は露になった胸元を隠そうともせず怒りに満ちた瞳を投げて寄越した。
「何?」
「やり逃げ?」
「・・・誘ったのはそっちじゃねえか」
「サイテー」
「悪かったな」
とっととドアノブに手を掛ける。
「ほんっと、白金の男ってサイテーなやつばっか」
ドアが閉まる直前女のそんな言葉が耳に入ったが、俺は気にも留めず部屋を後にした。


ホテルを出ると空は暗い灰色に染まっていた。夕立ちがきそうな気配。
地下鉄の駅まで歩いて10分。それまで雨が降らないようにと祈る。むっとするほどの湿気でとてもではないが走る気にはなれない。
少しだけ胸の奥に罪悪感があった。今の態度はちょっと酷過ぎたかもしれない。
早足で歩きながら、そんなことを思った。
けれど別のところでは違うことを考えてもいたのだ。
夏休みに入ってからずっとずっと溜めていた思い。
山口に会いたい。
もう一度抱きたい。
山口の髪に頬に口づけたい。
山口の瞳に映りたい。
山口の耳に囁きたい。
自己顕示欲の塊みたいな気持ちが次から次へと溢れてくる。心のやり場がどこにもない。自分でもどうしようもなかった。
冷たいものが頬に落ちてきた。雨だ。
かったるいが、雨に濡れるのはもっと嫌だ。俺は溜息を落とすと、仕様が無いとばかりに駆け出した。地下鉄の駅の入り口まではあと少しだった。


next


                                           04/12/30UP

彼女の髪に頬に目に耳に 7.