GOKUSEN
夢のつづき 1.
ふっと自分の頬に当たる暖かな少し硬い感触で目が覚めた。
沢田慎は瞼を開くとそれが隣に眠る女の額だと気が付いて反射的に上半身を起こす。寝ぼけた頭で直ぐにその状況を理解するのは難しく、一瞬いつもみる夢のつづきをみているようなそんな錯覚にとらわれた。
隣に眠る女の白く剥き出しになった背中がゆっくりと上下するのを見詰めながら記憶を辿る。
───ああ。そうか。
眠りに落ちる前の出来事を思い返して再び身体を横たえた。暫くぼうっと天井を見上げたあと身体の向きを変えて、暖をとろうと無意識にその身を寄せてくる山口久美子の寝顔に視線を移した。安らかな寝息を立てる久美子の頬を四本の指の背でそっと撫でてみる。
これは本当に現実なのか。今ここにいる女は本物の山口久美子なのか。
確認するように優しく触れたあと、唇を当てた。
制服を着ていた頃はいくら好きでもどうにもならないと思っていた。
一旦は諦めて遠く離れてみたものの思いは募るばかりだった。
思いを手放そうとしたり再び手に入れようとしてみたり。我ながらしつこかったよな、と笑ってしまう。
あの頃を思い起こせば今ここにこうしていることがやはり夢の中の出来事のような気さえしてくるのだった。
すっかり日の落ちた、コーヒーの香りの充満する部屋でふたりは抱き合った。
ベッドの縁に腰掛けて互いの衣服を脱がせあいながら
───なんだ。こいつ、とっくに覚悟できてたんじゃねえか。
結局今まで踏み込めなかったのは自分のほうだったのだと気が付いた。
暗くなった部屋で浮かぶ久美子の身体は青白い磁器のように見え慎は思わず息を詰めた。血管が耳元でうるさいくらい脈打っていた。
肌を寄せようとして、つと手を伸ばすと、久美子がひどく震えているのが目に留まり
「どうした?寒い?」
と慎は間抜けなことを訊いてしまった。
「ち、ちがうよ。ばか。・・・こ、怖いんだ」
久美子は両腕で胸の辺りを隠して睨むように慎を見る。ふっと口元を緩めた慎はその上半身を抱き寄せると
「怖くなんかねえよ」
耳元で囁いてそのままベッドにゆっくりと身体を倒した。
久美子の肌に自分の体躯を重ねた慎はその柔らかさに驚き、重みをかけないように気を配りながら久美子の顔に絡まる髪をそっと払う。その自分の指先も震えていた。
「沢田も震えてるぞ」
「・・・めちゃくちゃ緊張してる」
本当に緊張していた。
───初めてのときなんかメじゃねえよ。
こんなんで最後までちゃんとできるんだろうかと不安になる。
久美子はぷっと吹きだすと
「緊張?沢田が?」
面白そうに笑った。
「笑うな」
慎はいつまでもくすくすと笑う久美子の鼻を齧った。
「い・・・」
痛い、と言う言葉はそのまま慎の唇に呑み込まれる。
後はもう夢中で、どんな風に自分が久美子を抱いたのかよく覚えてはいない。
覚えているのは───。
久美子のいつまでも震えの止まらない白い肩。
夢中でしがみついてくる細い腕。
慎の動きに反応して少しずつ甘さの混じる吐息。
堪らず漏れる微かな声。
そんなことぐらいだ。
慎が分け入ってから見せた痛みに耐えるその表情ですら愛しくてたまらない。腕の中の苦痛に歪む顔を心底綺麗だと感じた。そうだ。俺はずっとこいつにこんな顔をさせたかったのだと、そんなことを考える自分に唖然とした。
絶対に手放せない。この女から離れることなんかできない。そう思った。
「いてっっ」
寝相の悪い久美子の脚が慎の腹の上に乗っかってきた。そのあられもない姿にぎょっとする。
───なんつー格好だよ。
先程まであんなに可憐に恥らっていたのに台無しじゃないか。
慎は慌てて何ひとつ身に纏っていない久美子の身体に毛布を掛ける。
「ふ・・・。ふへ。へへへ・・・」
久美子はにへら、と笑っていた。起きているのかと顔を覗き込んだが、瞼を閉じたまま幸せそうに口を緩めている。
慎もつられてふっと笑うと、
───どんな夢をみてんだよ。
どうかその幸せな夢の隣にいつまでも自分がいられますように。そう祈りながら、もう一度その頬に口付けた。
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