GOKUSEN



夢のつづき 2.


久美子は真っ暗だった瞼の裏が赤く染まり光を持ったような、その眩しさで覚醒した。皓皓と輝く蛍光灯の灯りに目を細めながら瞼を開くと、まず視界に映ったのは上半身をヘッドボードに預け自分を見下ろす慎の顔だった。視線を彷徨わせるといつも寝起きに見るそれとは違う風景。そして慎も自分も一糸纏わぬ姿だと気が付く。
「わっ・・・」
久美子は咄嗟に起き上がるとひたすら思考能力を回転させ、今の状況に至った経緯を思い返すことに集中した。
「あ」
全てを思い出した久美子は振り返って慎に視線を送ると毛布を胸元までずり上げ作り笑いを浮かべて見せた。
「何だよ」
「いや、なんか、照れくさくって」
へへへ、と笑うと「今って何時?」
慎は携帯電話を黙って手渡す。それを確認した久美子は目を丸くした。
「うわっっ。もうじき明日になるじゃないか」
今日は遅くなると家には電話をいれてあった。それでも後ろめたさがあってか、あまり遅くなるのはまずいんじゃないかと考える。シャワーを浴びて早く帰らないといけないな、シャンプーや石鹸の匂いをさせるのはちょっとまずいよな、などと働かない頭で色々思いを巡らせていると、ふっと生暖かい慎のふっくらとした唇を首筋に感じた。
「え」
慎は後ろから久美子を抱きしめ片方の掌で胸の膨らみを包み込むと
「もう一回したい」
そう囁いた。
「え。えええええっっ」
久美子は甘い疼きに亀のように首を縮め身体を丸めると「だ、だ、だめっ。だめだよ、沢田」
裏返った声で拒絶する。
「・・・なんで?」
肩甲骨のあたりを這う慎の唇から漏れるくぐもった声はぞくりとするほど艶かしい。すでに両胸の膨らみは慎の手にとらわれていて、久美子に甘美な感覚を与えていた。久美子は抗い難い気持ちにぎゅっと目を瞑る。
「な、な、なんでって、沢田」
「いやなの?」
「だ、だって、は、はやく帰らないとおじいちゃんが心配するし・・・」
ここで祖父の名を出すのは卑怯だと知りながら口にした。果たして慎は呆気なく久美子の身体を解放する。
幾分拗ねたような慎の表情に少しだけ気が引けた。
「ごめんな、沢田」
「・・・」
「あの、シャワー借りていいかな?」
「・・・ああ」
久美子は毛布を身体に巻きつけたままベッドから降りると自分の鞄の中から黒い輪ゴムをごそごそ探し出し髪の毛を纏めた。
風呂場のドアを開けて入る直前ちらっとベッドに視線を送ると、前髪で顔半分は隠れているものの、両手を後ろについて唇を不満そうに尖らせた、いつになくコドモっぽい顔付きの慎が見て取れた。
 ───おおおっっ。なんだか沢田が可愛らしいぞ。
久美子は可笑しさを堪えつつ風呂場に姿を消した。


身体を温かく包み込むシャワーのお湯を心地よく感じながらも、先程までの出来事を全て水に流してしまうようで少し寂しいな、と思う。
慎は本当に優しく濃やかに時間をかけて久美子の身体を抱いてくれた。あの濃密な時間。慎の所作のひとつひとつがお前を好きだと告げているようで、与えられる幸せに久美子は震えた。
暗闇の中、快楽の糸の手繰り寄せ方の分からない久美子は、ただひたすら慎の紡ぎだす快感に声を抑え、身体を仰け反らせ、そのうっすら汗の滲んだ背中にしがみつくことしかできなかった。
性行為そのものは痛みのほうがはるかに強かった。
それでも。
触れ合った温かい肌の感触や耳元で囁かれる常にない言葉、近くで感じる慎の息づかい。それら全てがもたらす甘く痺れるような感覚は昨日までの久美子には決して手にすることの出来なかったものだ。


久美子は曇った鏡にシャワーをかけるときゅっきゅっと音を立てて手首の内側で拭いた。自分の姿をありのままに映す鏡の中の裸体に手を当てその線に沿って指を這わせてみた。自分はどこか昨日と違っているだろうか。
もしも何らかの変化があったとしたらそれはとても怖いことだと思う。例え自分を変えたのがあの慎だとしても、だ。
久美子は自身の危惧を隠すように、にっと笑ってみた。
 ───それにしてもさっきの沢田は可愛かったよな。
濡れた全身を陽の匂いのするバスタオルで拭きながら考える。
もし、また、あんなふうに哀願されたら自分は拒絶できるだろか。
絶対、できない。できるはずがない。
そう思いながら身体にバスタオルを巻きつけると、覚悟を決めてドアを開けた。


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