GOKUSEN



雲の切れ間に太陽が見える 3.


二次会に移動する途中で、その騒ぎに出くわした。朝あれほど激しく降っていた雨は、今はもう止んでいる。
F女子大の女の子とは盛上がりに今ひとつ欠け、友人も半分は帰り、男3人だけでの二次会となった。
「あーあ。ひとりに寄ってたかってひどいな」
騒ぎを見て、先程慎の手を握り締めた男が言う。
眼鏡を掛けた真面目そうな、慎たちと同じ歳格好の男を、4人の青年たちが囲んで小突いている。青年たちは特別柄が悪いという風でもないが、アルコールの所為で気が大きくなっているようだ。
「あ」
慎はその標的になっている男に見覚えがあった。
「何?沢田君、知合い?」
「同じ文Tだぜ」
「え?そうなんだ」
慎はその男と一昨日構内で話をしたばかりだった。


一昨日、慎が学食で独りで食事をしているときに
「一緒に食べてもいいかな?」
と、隣に座って話し掛けてきたのが彼だった。「沢田君、だよね」
慎は彼が誰なのか全く分からなかったので、正直に
「ごめん、誰だっけ?」
と訊ねた。彼は笑って、長野という名前と、自分も慎と同じく文化T類に在籍しているのだと教えてくれた。
「沢田君、目立ってるから」
そして自分は九州出身なのだと言った。その割には言葉がきれいだなと慎は思った。
「なかなか友達できなくて。沢田君も結構独りでいること多いいけど、君は地方出身じゃないよね」
「うん、まあ」
「地方出身だと肩身狭いね。こっちでは」
「殆どの人間が地方出身者だぜ。気にしすぎじゃねえの」
「・・そうかもな」
慎は長野の食事が全く進んでいないのが気になった。白い皿にきれいに盛り付けられたおかずを箸でいたずらに細かくしているだけだった。
地方の高校で優等生だった人間が東京に出てくると挫折しやすい、という先輩の言葉を慎は思い出していた。
地方ではちやほやされていても上京してみれば自分と同じレベルの人間がわんさといて、それ以上に都会で育って来た人間の垢抜けた容貌や、振る舞い、財力等にカルチャーショックを受けるのだとその先輩は言っていた。長野もそうなのかも知れない。
「実は九州に彼女がいて、向こうの大学にしようかどうしようか迷ったんだけど・・。そういうのもあって、こっちに馴染めないのかも知れない」
「へえ。彼女いるんだ」
「沢田君はいないの?もてそうなのに」
「もてねえよ。失恋したばかり・・だし」
「へえ、君をふる女の子がいるんだ。どんなきれいな子なんだろうね。見てみたいよ」 
 ───いや、見ないほうがいいだろ。
慎は久美子の普段の出立ちに、今の長野の「きれいな子」という言葉を乗っけてみて吹き出しそうになった。
「じゃ、俺、そろそろ行くから」
そう言うと長野は食事を載せたトレイを持って立ち上がった。
「全然食ってねえじゃん」
「うん。なんか食欲なくて、じゃ」
慎は右手を軽く挙げて応えながら、もう少しなにか気の利いた言葉を言ってあげたほうがよかったのかもしれないと、去っていく少し猫背の後ろ姿を見ながら思った。


「先に店に行っててくれ。俺、後から行くから」
慎は一緒にいる友人たちにそう言うと、囲まれている長野の居るほうへ歩き始めた。
「おいっ、沢田君、やめろって」
止める友人の言葉は耳に入らない。このまま知らん顔で通り過ぎることなど慎にはできなかった。
その慎の眼に、きらりと銀色の光が飛び込んできた。長野の震える右手も。
 ───あの、馬鹿っ。
長野が九州弁で自分を取り囲んでいる青年たちに何か叫んでいる
「長野っ、よせっ」
慎は駆寄ると長野の前に飛び出した。
刹那。
慎は左肩から胸にかけて火がついたような熱を感じた。




「やんくみ」

「え?」
久美子は慎に呼ばれようたような気がして振向いた。
けれど眼に映るのは暗い店内のカウンターに座っている一組の男女だけだ。
空耳だろうか?
久美子はなんだか妙な胸騒ぎを感じたがすぐに打消した。やっぱり今日の自分はどうかしている。川嶋が変なことを言った所為だ。
 ───自分の言いたいことだけ言って帰っちゃってさ。あたしの反論も少しは聞けっつうの。
「山口先生、どうしたんですか?顔、怖いですよ」
藤山にさらっと言われる。
 ───むっかー。
久美子は立ち上がると
「次行きましょっ。次っ」
そして右手を振り翳すと、「今日はとことん飲むぞ、オー」
と気合を入れた。
その様を柏木だけがうっとりと見詰めていた。

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