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第十章 ちがうって、言ってるのに 2.
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 日曜日。

 ハヤセケイタのショーは大成功に終わった。前評判すごかったし、当然といえば当然なのかもしれないけど。初舞台だったこっちは大きく肩の荷が降りた感じ。

 よかったよ。ほんと。あんまがちがちにあがることなく済んだし、大きな失敗もなかったし。こうやって何事もなく終えてみると、昨日電話をもらった際のみっともなく震えてた自分が嘘みたいに思えてくる。

 その日の夜開催された打ち上げ会場は煌びやかで華やかだった。これもまあ、当たり前か。来てる人間はみんな、芸能・ファッション関係者ばかりだから。

 退屈だ。

 最初、レイさんに連れられて何人かのファッション関係者に挨拶に回ったんだけど、あとはもう俺は用無し。ガキだから。いつ帰ってもいいと言われてる。ただ食するのみ。アルコールはご法度だしね。一応未成年だからな。っつーか誰も料理に手をつけないんだよなさっきから。みんな挨拶が忙しいのか、ダイエットを意識してるのか。多分、両方なんだろうけど。

 がつがつ食ってたら、ファッション評論家として名高くテレビでもよく見かける男に、

「いいわね。若いコは。太る心配がなくて」

と、お尻を撫でられた。や。もう勘弁してください。これってセクハラと違うのかよ。

 恐ろしく暇だった。お腹も膨らんだし、そろそろ帰ろうかな、と辺りを見回していると、

「アキ君」

背中側から声をかけられた。聞き覚えのあるか細い声。振り返る。スレンダーで目ばかりが大きい何度か一緒に仕事をしたことのあるモデルの女がワイングラス片手に近づいてきた。下着みたいな薄い生地のドレスを着ている。だけどここだとこれくらいじゃ違和感ないんだ。全然。困ったもんだ。

「……こんばんは」

「やあねえ。こういうとこではおはようございますって言うのよ。っていうか。なんか堅苦しい挨拶よね」

 小首をやや斜めに傾げながら顔を覗き込んでくる。吸い込まれそうにきらきら光る目。剥き出しの肩で縦ロールの茶色い髪が揺れている。自分がどれほど美しいのか、どうすればさらに可愛く見えるのか、研究し尽くしてる人間の仕草だった。

「ね。このあと何かある?」

「あ、いえ。明日ガッコーだし、今から帰ろうかなって……」

「ふうん」

 視線を逸らしても逸らしても追いかけてくる艶のある瞳。やばいよなあ。

 べっとりとグロスで輝く唇が耳もとに寄せられた。

「一緒に出よ? 知ってるでしょ? わたしのマンション、この近くなの」

 黙って相手の目を見返した。そうしながら困ったように笑った。やや間を空けて相手がなあんだと肩を竦める。最近は大体こんな感じで誘いを断っている。はっきり拒絶して逆上されても困るから。遠回しにしてる。

「前はあっさりついて来てたのに、つまんない男になっちゃったわね。君も」

「……」

「カノジョできたって噂。ほんとだったんだ」

女はワイングラスをゆらゆら揺らしながらそっぽを向いた。「それにしてもあの社長がよく許すわね。そんなこと」

呟くように言うと、じゃあね、とグラスを上げて去っていった。あっさりしてるのはそっちだろ。

 踵を返すと出口に向かった。

 事務所が用意したド派手な衣装を着ているのでどこかで着換えて帰ろうと思う。そのまま帰ってもいいようにタクシーのチケットを渡されてはいるんだけど使うつもりは、ない。だってまだ高校生なんだぜ。タクシーを使うなんて何様って感じだろ?



 家に帰ると時間は十一時を回っていた。祖父はもう寝ているようで3LDKのマンションの一室はしんとして暗かった。

 今日、俺がどれくらい大変な舞台を踏んだか、祖父はイマイチわかっていない。本当のことを言えば観にきてもらってもいいような気もしたんだけど、何しろチケットが手に入らなかった。平澤にも。本当は今日も傍に居てもらいたかった。

 俺は平澤に甘えてると思う。

 昨日、平澤はこちらからの電話になかなか出てくれなかった。ひとりで帰らせてしまったことを謝ろうと思って何度も電話を入れたりメールを送ったりしたのに。

「ごめんなさい。電話、鞄の中に入れたままにしてて、全然気づかなかった」

 神妙な声で電話があったのは夜の九時を過ぎてからだった。

 今朝も電話をもらった。

「佐藤君なら大丈夫だと思うけど。がんばってね」

 柔らかい声。まだ耳に残ってる。

 今日の報告をしようとケータイを取り出した。本当は会いたいし声も聞きたい。でもこんな時間だし。電話もメールもやめといたほうがいいんだろうな。溜め息を落として天を仰いだ。もどかしい。

 と。手にした携帯電話が震えた。

 メールを受信している。もしかして平澤かな、と期待していた。違ってた。登録されていないやつからのメール。

 普通なら無視するところなんだけど。

 件名を見て目を見張った。

“平澤かれんの昨日の出来事”

 とあった。

 何? 何かのいたずら?

 これも無視してよかったのに。呆然としてる間にもう一通メールが送られてきた。同じやつから。今度は件名に“追加”とある。いずれにも画像添付のマークが出ていた。

 さすがに気になった。親指で操作しメールを開いた。自分の顔が強張っているのがはっきりとわかる。

 本文はなく画像のみのメール。

 開いた画像を見た途端頭が真っ白になった。

「何だ、これ」

気の抜けた声でひとり、呟いていた。


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