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第十章 ちがうって、言ってるのに 4.
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 メールの送り主が誰なのかは何となく察しがついた。

 あいつ。同じ学年の女子、内藤。

「高本先輩と平澤さん、あやしいんじゃないの?」

 この前すれ違いザマに吐き出された台詞がずっと耳に残っていたから。

 送られてきた写真の画像は二枚。一枚は平澤と高本が手を繋いで賑やかな街を歩いてるとこ。どこだろ? 写真だけじゃわかんなかった。見た瞬間マジで頭が空っぽになった。もう一枚はふたりで向かい合い話をしているところ。多分場所はスタバ。最近のケータイのカメラは素晴らしく性能がいい。平澤の笑ってる顔が鮮明に焼きついていた。頬のえくぼまでちゃんと見えるんだ。このときの気持ちはちょっとひと言じゃ言い表せない。

 月曜日の朝。早目にジョギングを切り上げて学校へ向かった。内藤を捕まえると、

「わたしが送ったって、わかっちゃった?」

否定するかなと思いきや、あっさりと認められて拍子抜けした。「佐藤君のメルアド、教えてもらうの苦労しちゃった。誰に訊いても知らないって言うんだもの。佐藤君って、友だちたくさんいそうでそんないないのね」

 ほっとけよ。思わず苦笑する。

「これ、いつどこで撮った?」

「だから土曜日よ。新宿。ホテル街のほうからふたりで手ぇ繋いで歩いて来たから思わず撮っちゃった」

 ホテル街? 眩暈がしそうだな。

「こっちは姉と一緒だったんだけど、そこで別れて、わたしそのままあと尾けたのよ。ふたり、楽しそうに話してたわよ?」

─── 。

「……土曜って、おとといってこと?」

「そうよ」

「何時頃?」

「何時かな。ケータイ見ればわかるんだろうけど。夕方」

「いま、わかる?」

「いいけど」

 内藤に教えてもらった時間は平澤が国際フォーラムを後にしただろう時間から二時間も経ってないくらいだった。ホテルだと? いくらなんでも平澤に限ってそりゃないだろうって思う。だけど、手を繋いでふたりで会ってた。これは事実だ。

 高本のほうは最初誰だかわかんないくらいいつもと雰囲気が違ってたけど、平澤のほうは一目瞭然。服装が、土曜日目にしたそのまんまなんだ。

 まいる。

「すんごいショックって顔してる。まあ、こっちも気持ちはわかるけど」

「内藤はどうしてこういうことすんの?」

「え?」

 内藤の顔色が変わった。

「いや、責めてるんじゃねえよ。ただフツーに疑問に思っただけ」

「だって、わたし高本先輩にふられたばっかなんだもの」

ぷっと頬を膨らませる。「告白する前に平澤さんに、わたし訊いたんだよ? 高本先輩とつき合ってるのかって。平澤さん、違うって言ったのに。自分は佐藤君とつき合ってるって。なのにすごく先輩と仲いいし。いつだってそばにいるし。なんか腹立ってたんだよね。で、これだもの。意地悪だってしたくなるでしょ?」

「だったらさ……」

「何?」

「内藤、これ、他のやつに見せたりしねえよな?」

 内藤は束の間ぽかんとし、こちらの意図を察すると大袈裟に眉を顰めた。

「呆れた。佐藤君、こんなことされてもまだ平澤さんのこと気遣ってるの? 見せないわよ。こっちだってそんな自分の評判落とすような真似したくないもの。だけど……」

「なら、いいけど」

 内藤は首を横に振った。

「信じらんない。佐藤君、どうかしちゃってるんじゃないの? そんなに平澤さんに夢中なの? 二股かけられてるのに?」

「まだそうだって決まったわけじゃねえだろ。つーか。二股とか、そんなの違うと思う」

 内藤の顔に皮肉めいた笑みが浮かんだ。

「呆れた。佐藤くん、結構遊んでるって聞いてたのに。案外一途なんだ。だけどそういうのが一番危ないんだからね」

 平澤が、おはよう、と声をかけてきたのはその直後のことだ。

 


 授業中。

 何度も平澤の顔を盗み見た。

 いつもどおりの生真面目な顔で先生の話を聞いている。こっそり欠伸を洩らしたり。頻繁にノートにペンを走らせたり、してる。

 ふっくらした頬に。時折えくぼが浮かんでる。笑ってるわけでもないのに。何でだろう。

─── うん。帰ったよ。

 信じられないことだけど。

 さっき。

 平澤は俺に嘘をついた。

 いつものあどけない瞳を少しだけ泳がせて。

 はっきりと。

 嘘をついた。

 あのとき自分はどんな顔を平澤に見せてたんだろう。

 わっかんねえなあ。

 女ってほんとわかんねえよ。

 視線を落とすとノートの薄い罫線が視界に映った。

 こっちのノートは真っ白なままだ。


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