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第十章 ちがうって、言ってるのに 6.
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 事務所を出ようとしたところでレイさんに声をかけられた。

「アキ、あなた今日のレッスンも昨日の撮影も、ずい分とひどかったそうじゃないの」

 ウォーキングのレッスン。ひどい? あー。まあそうかも。やる気、あるのかと何度も怒鳴られた。昨日の撮影もそうだ。カメラマンがすんげえ苛立ってた。そんなの初めて。こちらは返す言葉もなく立ち尽くすのみ。隣で密告者の品川が肩をすぼめちっちゃくなってる。うざい。

「昨日は学校も途中でサボったっていうじゃない。どうしたの? あの可愛い子と喧嘩でもした?」

 喧嘩? そんな生易しいもんじゃない。

 答えないでいるとレイさんは大きく溜め息を吐いて椅子から立ち上がった。

「仕事に影響するようなつき合いだったらさっさと別れることね。これはもう命令よ」

これだから若いコはだめなのよ、と珍しく憤慨してる。「恋愛なんて一過性の熱病みたいなもんなんだから。そんなものに振り回されてどうするの?」

 レイさんは、恋愛に溺れた人間がこれまで何人もこの世界から去っていくのをみてきたのだと言った。バカみたいでしょ? と。点火したばかりの煙草の煙を燻らせながら平然と言う。

「遊びでつき合ったコと写真でも撮られたほうがまだマシってものよ」

「……」

「あなた、これから映画のオーディションもあるんだから。しっかりしてよね」

「映画?」

「忘れたの? 前にも言ったでしょ? 脇役なんだけど。小野とあなたのふたりに受けてもらおうと思ってる。小野はもうモデルの仕事は当分来ないでしょうから。そっちでがんばってもらうわ」

 小野。そういや最近出会ってない。忙しくしてんのか。

「一度の失敗が命取りになることだってあるんだから。気を抜かれると困るわ」

 品川がちらちらとこちらを見る。その視線が鬱陶しい。コマーシャルが流れるようになって見知らぬ人間から向けられるようになった視線。あれよりも煩わしい。

「もういいわ。帰りなさい」

 黙ったまま頭を下げると踵を返して事務所を出た。今日も雨が降っている。じめじめと。こちらも相当鬱陶しい。



 今日。学校で平澤とはひと言も口を利かなかった。向こうが傷つくと知っていながら無視しつづけた。

 ひっでえな、俺。自分でも呆れる。でもどうしようもない。

 昨日だって。学校の屋上で無理矢理押し倒そうとした。どうかしてる。あの瞬間。もう平澤を目茶苦茶にしてやろうと思ってた。自分の思い通りにならないのなら、いっそ命さえ奪ってやろうとするストーカー野郎とおんなじだ。

 目茶苦茶に。ぐちゃぐちゃに。ばらばらにしてどこかに閉じ込めてやりたくなった。

 ひっでえな、俺。マジでひどい。齢十五でそんなこと考えてどうすんだって感じだ。

 傘も差さないで駅までの道を走り抜ける。

 あのとき。平澤は怯えた目をしてた。なのに。攻撃的な気持ちは鎮まらなかったんだ。

 かなりやばい。かなり、きてる。


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