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第二章 え? それってデートじゃん? 1.
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  滅多なことでは俺が足を踏み入れることのない場所。

 図書室。

 南校舎の三階の端っこ。

 そこに平澤かれんはいた。思わず笑みが漏れる。だって昼休みに図書室にいるなんて、いかにも平澤らしいから。意外性ゼロ。

 平澤はカウンターの中に入って何やら本の整理らしきことをしていた。

 ああ。そういえばあいつって図書委員になったんだっけ?つい最近のHRで自分から立候補してた。中等部のときからずっとそうだった。名ばかりの委員もたくさんいるというのに。真面目に仕事をしてるんだ。さすが平澤。

 図書室はひっそりと静かだった。なんだか空気までひんやりとしている。人気は少ないのかと思いきやそうでもない。図書室を活用している人間は俺が想像していたよりずっと多かった。

 口許に笑みを浮かべたまま平澤に声をかけようとした俺は、でも次の瞬間、思わず足を止めていた。

 制服の上着を脱ぎ、シャツの袖を捲くった男子生徒が平澤の名前を呼んだ。すんごい柔らかく、優しい声で。

「平澤さん」

と。

 平澤が振り返る。やけに嬉しそうな顔に見えた。

 ふたりは肩を寄せ合って何か話をしていた。平澤は俺に背中を向けてしまったけれど男子生徒の横顔は見て取ることができた。一重の切れ長の目を持つしょう油顔の典型的日本人のハンサム野郎。

 誰?

 多分、服の着方からして上級生。見たことのないやつ。でも、ふたりの間の空気は昨日今日知り合ったって感じじゃなかった。

 自分でも気付かないうちにじっと見入ってたみたいだ。

 腕まくりした男が俺に気が付いた。平澤に何か耳打ちしている。むっとした。顔、近すぎ。

 耳許で何を言われたのだろうか。平澤が弾かれたようにこちらを向いた。

 少し目を丸くした驚いたような顔を俺に見せ、それから頬に可愛いえくぼを作って笑った。

「佐藤君」

 腰がへろりと抜けそうになる甘い笑顔だ。

 俺は両手をポケットに突っ込み、顔はそっぽを向けたまま、緩慢ともいえる足取りでカウンターに近寄って行った。我ながらかっこつけてんなあ、って思うよ。勿体つけてるっつうか。もっと素直になったほうがいいのはわかってるんだ。でも、できやしない。平澤を前にそんなこと。とてもとても。

「どうしたの?珍しいね。佐藤君がお昼休みに図書室に来るなんて」

 俺の素っ気無い態度なんか気にもならないのか、屈託のない笑顔のままそんなことを言う。平澤は本当にびっくりしているみたいだった。

 ちらっと平澤の肩越しに視線を送った。上級生のしょう油君はカウンターの奥の部屋に入って、司書の女のひとと何やら話をしていた。

「誰?」

 目線を送ってから訊いた。

「え?」

平澤が後ろを見てから、「あ。あのね、図書委員の先輩」

 それはわかってる。聞きたいのはそんなことじゃない。

「……仲いいよな。知り合い?」

「あ。うん。中等部のときからずっと一緒に図書委員してるから」

 ずっと一緒。

 ふーん。そうなんだ。

「好きなの?」

 やば。ついそんなことを訊いている自分に自分でもびっくりだ。

「え? やだな。何言ってるの。そんなんじゃないよ」

 そう答えながらも平澤の頬はほんのり赤くなっていた。

  なんかすごーくやな感じ。案の定、次の瞬間平澤は信じられないような台詞を口にした。

「でも、ちょっと憧れてるんだ。頭いいし、それに、なんていうか……かっこいいでしょ?」

 は?

「内緒だよ」

 そう言って人差し指を唇に当てた。へへへ、と恥ずかしそうに笑ってる。

 内緒。

 内緒って誰にだよ? そういうのって、本来俺に内緒にすべき話なんじゃないのか?

 この女。

 惚けてんのか。それとも計算してんのか。いや、やっぱボケてんだな。きっと。

 天然だったら何言ってもいいとか、思ってんじゃねーぞ、このやろう。

「憧れね」

「……」

 やや小バカにしたような響きに平澤が唇をへの字に曲げた。

「死語だね。そんなん言ってんの、イマドキ平澤くらいなもんだろ」

「そんなことない」

 むくれてる。

 怒りたいのはこっちのほうだっつーの。

 俺はここへ何しに来たんだっけ? 喧嘩売りに? 違うよな。どうしてこんなことになるんだ。俺が悪いのか?

 カウンターに掌を突いた姿勢で、俺は口にすべき言葉をそこから出せないでいた。平澤は平澤で、俺を無視して本の整理の続きをし始める。

 もういいや。

 踵をかえす。

「佐藤君」

 背中に平澤の声。俺はむっとした顔のまま振り返った。

「何だよ?」

「何か用があって来たんじゃないの?」

 平澤はもう普通の顔に戻ってた。

  きょとんとした顔でこちらを見てる。

 平澤は案外大人だ。いつまでも怒りを引き摺らない。こちらも素直にならないと、と反省する。

「あ……」

あのさ、と言おうとしたそのとき。

 きゃあ、と入り口で声がした。

「佐藤君だっ」

「アキだよ。アキ」

「ほんとにうちの学校の生徒だったんだね」

「うわ。いつも雑誌、見てるよー」

「ひゃあ。実物のほうが断然かっこいいじゃん」

 あ?

 なんだ、こいつら。

 女三人組。六つの目がハートになってる。ウザイな。

 スカート丈がかなり短い。なので多分、上級生。

─── ファンは大切に。

 耳にタコができるくらいレイさんに言われてる言葉。他のことはともかく、そこだけは、と口うるさく言われてるんだ。我知らず反射的ににっこり微笑んでいた。撮影現場よろしくポーズまで決める。

「よかったら、見るだけじゃなく買ってくださいね、『class A』」

宣伝文句までつらつら出てくるのだから驚きだ。自分の口じゃないみたいだな。

 三人の相手をしつつ平澤のことが気になってカウンターのほうを見遣ると、こちらをぽかんと見ていた平澤は、視線を合わせた途端つんとそっぽを向いた。

 え。

 そのまま奥の部屋へ入っていく。

高本こうもと先輩っ ─── 」

─── 。

 あ、そ。

 もういい。勝手にやってろ。

 作り笑いなんかやってらんねえ、とばかりにむっとした顔を上級生の女三人に向けると、

「失礼します」

やけに礼儀正しい態度で頭を下げてやった。俺の態度の豹変振りにびっくりした顔の女たちに背中を向けると俺はさっさとそこを後にした。

 


 何でこうなるんだ。

 どうして俺は平澤の前だと素直になれないんだ。

 こんなんで、これから先うまくやっていけるのか。

 ─── 高本先輩っ。 

 他の男を呼ぶ平澤の声。頭にくる。

 ひっそりと静まり返った階段を乱暴に足音を立てて駆け降りた。

 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。

 

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