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第二章 え? それってデートじゃん? 2.
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 一体何しに来たんだろう。佐藤君は。

 多分、わたしに用があってきたんだろうけど、ずっとむすっとした顔のまま、結局他の女のひとと仲良く喋って、それで戻って行っちゃった。

 ふーんだ。

 他の女のひとの前での佐藤君。かっこつけちゃって、てんでおっかしいの。

「平澤さん」

 名前を呼ばれて声のしたほうを見ると、去年同じクラスだった徳本とくもとさんがいた。まんまるい顔と体型。お洒落な赤い縁の眼鏡をかけいる顔にはニキビがいくつか散らばっていて、それが彼女の今一番の悩みなんだそうだ。

「昨日の夜、また、アップしといたからさ。読んでくれる?」

「あ。うん。いいよ」

 わたしは笑って答えた。

 徳本さんはBLモノのものかきさん。オリジナルBLサイトを作ってて、そこに小説も漫画もアップしてるの。両方だよ。すごいよね。

 徳本さんがアップした小説に、変な言い回しがないかとか、漢字の使い方を間違ってないかとかのチェック、要するに校正みたいなことを頼まれているのだ。

 彼女とは読書好き同志ということでいつの間にか吸い寄せられるように仲良くなった。

 でもわたしは普段BLモノは全く読まない。読むのは彼女の書いたものだけだ。いやいや、なかなかどうして。びっくりするくらいグロテスクとも呼べる世界がそこには広がっている。へえ。男同士ってこんな感じで愛し合うんだと、とてもお勉強になってはいる。でも、基本的には男女の恋愛行為とそんな違わないじゃん、ってわたしは思ってるんだけど。あ。こんなこと言ったらまた佐藤君にバカにされるかな。経験もないくせに、頭だけで考えたってダメだって。

 徳本さんがBLにのめりこみ始めたのはちょうど二年前くらい。今、わたしと彼女が読む本の嗜好はまるきり違ってる。でもイマドキ読書が趣味という友達もそんなにいなくて、で、今でも仲良くしてもらってるってわけ。

 そして、彼女もわたしと同じくかなりのメンクイさん。わたしの肩越しに奥を覗き込んでいる。お目当ては無論高本先輩だ。

「やっぱ、素敵よね、高本先輩」

 目がとろんとしてる。

「うん。そうだね」

「ねえ。平澤さんはさ、佐藤君と高本先輩、どっちが好きなの?」

「は?」

 わたしはどきっとして徳本さんの顔を見つめた。どうしてここで佐藤君の名前が出てくるんだ? あたしは佐藤君とつき合い始めた(らしい)ということをまだ誰にも話していないのに。なんで? どうして?

 徳本さんの顔をひたすら凝視していると、その顔が途端に破顔した。

「やあねえ。そんな真剣な顔して。どっちがタイプかって訊いてるだけだよ?」

 どっちの顔がタイプかと問われれば、やっぱ高本先輩、かな。日本人特有のすっきりさっぱりした顔立ち。化粧栄えしそうな女形にでもなれそうなタイプ。

 でも、好きなのは……。

「平澤さん、考えすぎ」

 徳本さんが顔をくしゃくしゃにして笑ってる。あはは、とわたしも笑ってごまかした。

「徳本さんは? どっちが好き? ってか。どうしてふたりを比べるの?」

「え? そりゃ、我が校の二大スターじゃない」

「え? そうなの?」

 二大スター? 初耳だ。っていうか。古いよ言葉が。

「うん。って言っても、あたしの中で、なんだけどね」

「なーんだ」

 あはは、と再び空笑い。

 徳本さんには独特の世界があってときどきついてけない。

 高本先輩をちらりと見遣る。

 先輩は本を片付けるふりをしながら時折そっと司書のお姉さん、雪村ゆきむらさんを盗み見ている。多分、誰にも気付かれてないと先輩は思ってるんだろうけど、わたしはちゃんとわかってる。そしてその理由も知っている。

 徳本さんと入れ違いに今度は保健体育の教員定岡さだおか先生がやってきた。勝手知ったるなんちゃらで、カウンターの中へとどんどん入り込んでくる。必要以上にごつくてでっかい身体だ。狭いスペースがさらに窮屈になっちゃうよ。迷惑だな。

「ちっす」

 わたしや先輩に軽く挨拶をするとそそくさとお目当ての雪村さんのとこへ。保健体育教師の彼は毎日ここへやってくる。よくやるよ、と呆れちゃうくらいの熱心さだ。

 だけど困ったことに、雪村さんも何気に嬉しそうなんだよね。名前のとおり雪のように白い頬を赤らめて話をしてる。綺麗なお姉さんと頑健さだけが取り柄に見える男。

「美女と野獣だ」

 ぽつりと呟くと背中側で高本先輩がくすりと笑った。

 やだ。聞かれてた。

 舌を出しながら高本先輩のほうを見たけれど、すでに先輩はビューティーアンドビーストに視線を奪われていた。もう笑ってなんかいない。ただじっと視線を当てている。ふたりに気付かれないように。

 なんていうか。ちょっと。

 切ないな……。

 わたしも何にも気付いてないふりをして本の整理の続きを始めた。

 お昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴った。


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