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第四章 手をつなぎ、キスをした  1.
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 ”小田急 成城学園前駅”と掲げられた看板の向かって左側。大きな丸いカーブミラーの下に佐藤君はいた。

 臙脂と白と灰色のストライプのキャスケットを目深に被っている。顔が半分くらいしか見えなかったけど、すぐに佐藤君だと認識できた。

 遠目に見ても目立ってる。ものすごくスタイルがいいから。モデルをしてるからかな? 立ち姿がキマってる。

 ブーツカットのジーンズに白いTシャツ。その上にナイロン製みたいな薄い生地の黒いベスト。Tシャツの柄はベストに隠れてよく見えないけれど、結構派手そうだ。首にごついクロスのネックレスをかけている。とってもお洒落なんだけど、佐藤君じゃないと着こなせない感じの組み合わせだ。

 キャスケットがわたしのそれとカブってる。どうしよう。向こうはあんなに似合ってるのに。何だか恥ずかしい。脱ぎたくなってきちゃったよ。

「はよ」

 目の前まで行くと佐藤君が少しだけ笑ってそう言った。ちょっと顔が引きつってる? っていうか、こちらも照れ臭くてきちんと目を合わせられなかった。なんで学校の外で会うとこんなにお互いを意識しちゃうんだろう。

「おはよ」

「行こう、か?」

「うん」

 ビミョウにぎこちない会話を交わしながら歩き始める。

 行き先は”エプソン品川アクアスタジアム”。

 ふたりでデニーズで向かい合ってどこに行こうかと話し合ってるとき。めくってる雑誌に載ってた水族館の写真に目が留まった。

 ここに行きたい、と言うと、いいよ、と佐藤君は頷いてくれた。オープンしたのは一年前。話には聞いてたけど、ふたりともまだ行ったことはなかった。

「お休みだから、人、多いかな?」

「そうでもないんじゃねえの? G.W.っつっても、人手が多いのは五月の連休のほうだろ?」

「そっか。そうだね」

 佐藤君が言ってたとおり、電車の中も思っていたほど混んでいなかった。いつもの日曜日と変わらない。よかった。

 ふっと、視線を感じて顔を上げると、つり革を持った佐藤君がこちらをじっと見ていた。

「な、に?」

 あまりにも真剣な顔なので、どきっとして変な声が出てしまった。今日会ってからずっと胸の鼓動はばくばく鳴っている。こんなんで一日心臓がもつのだろうかと心配になってくる。

「平澤、なんか、今日顔が違う」

「あ…」

 顔が違うって、すごい表現だな。頬がかあっと熱くなった。思わず俯いてしまう。構わず佐藤君の声が上から追いかけてきた。

「もしかして、化粧、してる?」

「う、ん。ちょとだけ…してる」

「……」

「……」

 え。

 それで終わり?

 何か言ってほしいな。でも、変だとか似合わないとか言われても、それはそれで困るんだけど。

 ゆっくり顔を上げると佐藤君はまだこちらを見ていた。何? と表情だけで問いかけてみると、佐藤君は少し笑って首を横に振った。そのまま視線を車窓の向こうに送る。

 知らず見惚れていた。

 斜め下からじっと見つめる。形の良い鼻梁。唇。必要以上に帽子を深く被ってるのは、きっと目立たないようにする為だろうな、とやっと気が付いた。最近、どこにいても知らないひとに「モデルのAkiくんでしょう?」と、声をかけられて困ると言っていた。

 顔が前より高い位置にある気がした。

「佐藤君、また背が伸びた?」

「あー。そう? わかる?」

「すごい勢いで伸びてない? なんかね、隣に立つたびに高さが変わってる気がするよ」

 えっ、と佐藤君が目を丸くする。それからくすっと笑った。

「まじで?」

「うん」

 何かを考えている風だった佐藤君が、

「実はさ」

と少し声を潜め顔を近づけてきた。

「う、うん」

 自然、こちらの声まで小さくなってしまう。

「毎晩寝てるとさ」

「…うん」

「めきめき骨が音を立てるんだよ。特にこの」

そう言って、脛のあたりを指差した。「膝から下のあたりがさ」

「えっ」

「すっげーんだよ。もううるさくて寝てらんないの」

「ほ、ほんとに?」

「ほんとほんと」

「え。それって痛くないの?」

「痛いっつーもんじゃないよ。もう涙出ちゃいそうだもんな」

佐藤君の顔が思い切りしかめっ面になる。「平澤はそういう経験ないの?」

「な、ない、よ」

「へえ。いいな。背の低いやつは」

「う、うん。佐藤君、大変だね」

「同情してくれる」

「うん。する」

 真剣に答えた。

 佐藤君がぱっ、と顔をあたしの反対側に向けて俯いた。肩が小刻みに震えている。

「佐藤君?」

 もしかしてそのときの痛みを思い出して泣いてる?

 顔を覗き込むと佐藤君は顔をくしゃくしゃにして笑っていた。真っ白な歯を見せて大口を開けて、声を押し殺して笑っていた。

「な…」

「アホ。アホだな、平澤」

「な」

あたしは目を丸くした。「う、う、嘘なのー」

 信じらんない。

「そんなことあるわけねえじゃん。そんな話聞いたことねえよ」

 そう言うと、佐藤君はぶはっとお腹を押さえて笑い始めた。声にならない声を出して。目の縁に涙を浮かべて爆笑している。

「ひっどーい。ひどいよ、佐藤君。まじで心配したんだからねっ」

 真っ赤になって抗議した。身体を折って笑っている佐藤君。何事が起きたのかと周りのひとが好奇の視線をちらちらと送ってくる。それでも佐藤君の笑いは止まらない。

「わ、悪い。悪いって」

 片手を挙げて謝りつつも、佐藤君の笑いはなかなか治まらなかった。

 ……。

 サイテーだっ。もうっ。


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