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第四章 手をつなぎ、キスをした 4.
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 マックを出て直ぐのところで、平澤が辺りをきょろきょろと見回した。

 何を探してそうしているのかはすぐにわかった。

「……いねえよ。もう帰ったと思う」

 ついぶっきらぼうな口調になっていた。

 えみりは水族館で俺らと視線が合ってから、すぐに帰ったと思う。

 平澤が目を見開いてこちらを見上げている。何か言いたそうに唇を開いたけれど思い直したようにきゅっと噤んだ。瞳が揺れていた。

 平澤は時折こんな仕草を見せるようになった。言いたい何かを言いあぐねている感じ。最近のことだ。前はそんなこと、なかった。

 言いたいことがあれば言えばいいのに。歯痒い。

「何か訊きたいことがあるんじゃねえの?」

 再び平澤がはっとしたように顔を上げる。品川駅へ向う道。人通りは多いけれど混雑はしていない。

「違う?」

「ある、けど……」

「けど、何?」

「……うん。前に聞いたことと同じだから。同じ質問、何度もされるのは、佐藤君だっていやだよね?」

前に聞いたことと同じ?

「えみりのこと?」

 平澤の表情が硬くなる。

 ややあってから頷いた。

「この前言ったとおりなんだけどな……」

 何でこんな言い方になるかな? もっと優しく言ってやれよ、自分。

「……うん。わかってる」

「……」

「あのひとは……」

平澤は真っ直ぐこちらを見ていた。「佐藤君を追って、来たの?」

 瞬間言葉をうしなった。

 平澤はこちらを責めてるわけじゃなかった。どちらかと言えば、こんなこと訊いてもいいの? って感じの謙虚な姿勢。

 じっと見つめ返すことしかできなかった。

「……そうだと、思う」

「あのひとは佐藤君のこと、好きなの、かな?」

「……」

僅かな沈黙のあと、さあ、っと首を捻った。「わかんね。好きなんて言われたことないし」

 ただ一度、あいつの部屋のリビングで一緒にぼけっとテレビを見ていたとき、突然唇に唇をぶつけられたことがあった。ずっとずっと昔の話だ。小学校六年生のとき。レイさんはいなかった。自分でもびっくりするくらい途轍もなく苦い気持ちが込み上げ、狼狽え、その場から逃げ出した。それ以降、レイさんのいないときにあの部屋を訪れたことはない。

 その話を今、平澤にするつもりはなかった。

 平澤はそう、と呟いたきり何も言わなくなった。

 くいっと顎を上げ空を眺め、歩いている。

 何が見える、平澤?

 深く被っていた帽子のつばを指先で上げ、上向いた。

 こんな淀んだ空気に包まれた都会でも、澄んだ青空は見えたりする。真夏みたいに高く真っ青な空。空と駅の隙間に切れ切れの雲が少しだけ見える。

 水族館の時のように、道は込んではいなかったけれど。

 俺は黙って平澤の手を取り握った。平澤の手はとても小さくこちらの掌にすっぽりと納まった。

 
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