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第七章 つよい…… 5.
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 レイさんとえみりがふたりだけで部屋に戻ってきた。平澤たちはいない。こちらはもう取材を終えていた。あともう一本、今日は取材が入っている。そっちは別のスタジオに出向かわなくてはならない。

「平澤は?」

 戻ってきたばかりのふたりに歩み寄って訊ねた。

「帰ったわよ」

 レイさんが素っ気無く答える。は? 帰ったわよって、それだけ?

「何があった? 何で平澤が家族と一緒にここへ来るわけ?」

 えみりはこちらを見ようとしない。じっと俯いている。

 レイさんが顔を上げずに言った。視線は机の上に置かれたメモ用紙に落としたままで。

「えみりが平澤さんを陥れようと姑息な真似をしたの。それだけよ」

「それだけ?」

 それだけって何だ? 姑息な真似って何なんだ?

「何やった?」

 ばっ、とえみりの腕を掴むとえみりは暗い顔でこちらを向いた。何も答える気のない顔。泣きそうに見える顔に拍子抜けする。普段のえみりはもっと強気だ。負けん気の強い顔を向けてくるとばかり思っていたのに。どうなってんだ?

「よしなさい。えみりも今回ばかりは相当反省してるんだから。えみりなりにね。もう二度としないわよ。だからほっといてあげて」

「ふざけんな。何やったかくらい答えろよ」

「いいから、あなた、次の仕事に行きなさい」

「……やだね。ちゃんと聞くまで行かねえよ」

 むっとした顔でレイさんがこちらを見る。冷たい視線だ。幼稚ね。そんな顔に見える。構うもんか。負けずに見返すと、呆れ顔で大きな溜め息を落とされた。

「えみりが万引き事件を起こしたの。平澤さんの鞄にお店の商品を勝手に入れたのよ。お店の人にふたりとも補導されたんだけど、平澤さんのお母様がふたりを迎えに行ってくれたから警察沙汰にはならずに済んだ。それだけのことよ。アキが血相変えて大騒ぎする話じゃないでしょ」

「……」

 咄嗟に言葉が出なかった。一瞬では呑みこめない話だ。しばらく呆然とレイさんの顔を見て、それからえみりに視線を移した。

「おっまえな。何でそういうことするんだよ。二度と平澤には近づくなって言っただろ」

 自分でもびっくりするくらいドスの利いた声で怒鳴っていた。

 くすっと。レイさんの笑う声が耳についた。

「バカね。アキ」

レイさんは嘲笑を浮かべていた。「あなた、あのコのこと守ってあげたいとか、まさかそんな風に考えてるんじゃないでしょうね?」

「……」

 考えてたら悪いかよ?

 レイさんは胸の前で腕を組んだ立ち姿で、見下すような視線をこちらへ向けていた。悔しいけどサマになってる。だから余計腹立たしい。

「自惚れるのもいい加減にしなさい。コドモのあなたに何ができるの? 本当に傷つけたくなかったら、はじめからああいうコには近づかないことね。住む世界がまるきり違うじゃないの。あなただってわかってるんでしょう?」

 親子揃って同じことを言う。わかってたって。どうしようもないこともあるんだよ。

「それに。あのコ、あなたが思ってるほど弱くなんかないわよ」

「……」

「あのコ、泣いた? 泣いてないでしょ?」

 レイさんの問いに小さくえみりが頷いた。

 そうか。平澤は泣かなかったのか。そんな感じはする。結構気が強いんだ。だけど─── 。

「あのコのことより自分の仕事のことを考えなさい、アキ。早く出ないと、時間、間に合わないわよ」

 そういうことじゃない。泣かなかったからって。強いからって。万引きの濡れ衣を着せられて平気なはずがない。傷つかないはずがない。

「アキ」

 いつまでも悔しそうに立ち尽くしてる俺にレイさんが声を大きくする。えみりはずっと俯いたままだ。

「……わかってる」

 踵を返し、荷物を取って事務所を出た。非常階段を使うべく向かっていると、

「おい」

険のある声が後ろから聞こえた。振り返らなくても誰だかわかる。

 目の大きな髭をまだらに生やした男が顎を上げこちらを見ていた。細長い鉛筆みたいな身体だ。でも、Tシャツの袖から覗く腕には形のよい筋肉がついている。さすがプロのモデルはちがうと妙なとこに感心する。

「お前、いい加減にしろよ。態度、デカすぎんだよ。何様のつもりだ」

「……」

 あほくさ。冷めた目で見返すと舌打ちされた。

「いくら社長に気に入られてるからってな、ああいう口の利き方はふたりだけのときにしろ。聞かされてるこっちは気分が悪ぃんだよ」

「……」

「わかってんのか?」

 小野という男。モデルの仕事を主にしてる。もうじき俳優デビューもする予定。事務所のなかでは相当な有望株。なのになんだってこの男はこんなに俺につっかかってくるんだろ?

「何だ、その目は」

 どんな目をしてるっていうんだ。言いがかりもはなはだしい。

 ふ、っと男がそっぽを向いて笑った。何かを思い出したみたいに。くつくつとひとしきり笑ってからこちらに再び顔を向けた。

「さっき社長の娘と一緒にいた女。まさかあれが、お前のカノジョ?」

「……」

「冗談きついよな。なんなんだ、あのフツーな顔した女はよ」

 何でここで平澤の話が出るんだ? すんげえむかつく。

「俺がレイさんにどんな口を利こうとあんたに関係ない。聞くのが嫌なら耳、塞いどけ」

 すうっと。小野の顔から笑いが消えた。

「お前、社長とできてんだろ?」

 またその話。は、っと笑ってやった。

「何言ってんだか全っ然わっかんねえよな。あんた、もしかしてその所為で俺に仕事取られたとか思ってんの? ほんとにそんなこと思ってるわけ? あほくさ。そんなことできると思ってるんだったら、あんたもさっさとレイさんと寝ればいい」

「何っ……」

「俺に仕事がくるのは俺の実力。お気の毒だけど、これからもっともっといただくから。悪いね」

 ドアノブに手をかけようとした途端、胸倉を掴まれた。思わず咳き込みそうになる。

 この男。背が高いよな。なんて。顎の髭を見上げながらそんなことを思った。

「忘れてっかもしんねえけどな、お前よりこっちのほうが先輩なんだよ。目上の人間にそんな口の利き方してっと、この世界じゃやってけねえぞ」

 侮蔑の色を浮かべた目で見返してやった。

「まるでやくざだな」

「芸能界なんて似たようなもんだろ」

「手、離せよ。仕事に穴あけたくねえんだよ」

「……」

 暫し睨み合う。困った。マジで時間がない。仕方がないので、

「……レイさんにチクっちゃうよ」

おどけた顔と口調で言うと、小野は目を見開いたあと、忌々しそうにその手を離した。

「このままで済むと思ってんなよ」

お決まりの台詞が背中側から聞こえてきた。無視してドアを開け、そこを退散する。

 外は今までの陰険なやりとりが嘘みたいに綺麗な青空が広がっていた。眩しい。

 それにしても。やってらんねえよなって思う。向かうとこ敵だらけって感じ。何でだろ? 俺が悪いのか? 相手を挑発しすぎ? 



 足早に街を歩く。

 平澤のことが気になって仕方なかった。

 声が聞きたい。

 会いたい。

 ただひたすら。そう願っていた。

第七章 つよい……(了)

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