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第九章 モデル・Aki  1.
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 お昼休みの図書室。

 相変わらずわたしと高本先輩と司書の雪村さんとの三人でカウンターのなかに入ってる。時折やってくる岩みたいにでっかい男、定岡先生も。四人でまあそれなりにやってるんだけど。

 そんななか。

 先輩はとある女のコに呼び出されて図書室を出て行った。わたしと同じ一年生の女のコ。目も鼻も顔全体も、全てがちっちゃい、可愛いって言っていいタイプのコ。

 名前は内藤ないとうさん。

 実は今朝、わたしもそのコに呼び出されたばかりなのだった。

「高本先輩とつき合ってるの?」

って訊かれたんだ。「仲、いいよね。でも、佐藤君とつき合ってるって噂もあるし。ほんとうのとこ、どうなの? どっちが本命?」

 びっくりだ。

 高本先輩のことも佐藤君のことも。嘘と真実の両方が広まってるなんて。噂ってすごい。

「高本先輩とはそんなんじゃないよ。ただ一緒に図書委員やってるから。だから噂になったのかな。よくわかんないけど」

「え? じゃあ、佐藤君とはつき合ってるってこと?」

「……」

 声は出さずに頷いた。顔が熱い。

 内藤さんってば、自分が質問しておいて、マジでびっくりした顔になった。それって、なんかちょっと失礼じゃない?

 ってなことがあったから。だから、いま、高本先輩は内藤さんから愛の告白をされてるんじゃないかなって、わたしはそう想像してる。

 でも多分。断ってる。

 内藤さんには悪いけど。確信してる。高本先輩にはちゃんと好きなひとがいるんだもん。

 それにしても。

 ……暇だな。

 カウンターの前に腰を降ろし頬杖を突いた。

 わたしの後ろでは雪村さんと定岡先生がいちゃいちゃしてるし。

 佐藤君はこういう日に限って遊びに来ない。

 つまんない。

 ふと影が射して、顔を上げると高本先輩が戻って来てた。思わずじっと顔を見上げた。

 普段とそんなに変わらない表情。慣れてるんだ。告白されるってことに。で、断っちゃっても平然とできるんだ。もてるひとってみんなそうなんだろうか。

 端正な顔だ。佐藤君とはちょっとタイプの違う顔。しょうゆ顔っていうの? 日本人の典型的なハンサムくん。すっきりさっぱりしたお顔立ち。

「平澤さん」

 高本先輩がこっちは見ないままに口を開いた。

「はい?」

「平澤さんはひとの顔をじっと見る癖があるよね」

 苦笑いしてる。

「え。あ」

そうかも。「す、すみません」

「いいけどね。でも、そんな風に見つめられるとさ、もしかして自分に気があるのかな、って勘違いするやつもいると思うから。やめたほうがいいと思うよ」

「は、はあ……」

「うまくいってるみたいだね。あのモデルしてる男のコと。……つき合ってるん、だよね?」

「あー」

へへ。と俯いて笑った。うまくいってる。と、思う。ちっちゃな喧嘩はときどきするけど。あんまりデートらしいデートもできないんだけど。なんていうか。幸せ、だ。

「いいね。マジで幸せそうな顔してる、平澤さん。自分の好きなコにそんな顔されたら、たまんないだろうね、カレも」

「ど、どうかな?」

 へらへら笑いながら首を傾げた。チャイムが鳴った。また明日ね、と高本先輩が笑った。先輩は最後まで、背中側にいる雪村さんと定岡先生のほうは見なかった。



 教室の前で内藤さんが待っていた。

 じっとわたしの顔を見る目つきが、今朝のそれとは明らかに違っていた。険のある瞳だ。嫌な予感。

「何、話してたの? さっき、ふたりで」

「え?」

「笑ってた、でしょ?」

「笑ってた?」

 意味がわからなくて、そしてそれ以上に内藤さんの勢いが怖くて弱々しい声で聞き返していた。

「高本先輩と何話してたの?」

「え? 何って……」

佐藤君のことだ。でも、わざわざこのひとに教える必要、ある?

「平澤さん、本当に、高本先輩と何でもないの?」

「ないよ。どうして?」

「だって、先輩、平澤さんと話すときだけ、妙に楽しそうだから……」

「……」

 そうだろうか。よくわからない。でもそれは先輩がわたしに恋してるとか、そういう類の感情とは一切無関係だから、内藤さんがぷりぷり怒るようなことじゃないよ、と思う。

 ふ、っと、内藤さんの視線がわたしを通り越して後ろに注がれた。さ、っと。気の強さが更に増した顔になった。

 振り返るとわたしの後ろ、少し離れた位置に佐藤君が立っていた。少し心配そうな顔でこちらを見ている。わたしが内藤さんに何かを責められてると思ったのかもしれない。実際、責められてるのか? どうなんだ、この状況は。

 内藤さんはすうっとわたしの横を擦り抜けると、佐藤君にひと言何か囁いて去っていった。

「何、あいつ……」

 佐藤君が怪訝そうにその後ろ姿を見送っている。

「何か、言われた?」

「あ? ああ」

「何て?」

 佐藤君は、少し考えてから、

「いや、よく聞こえなかった」

そう言った。「それよりもさ」

「う、ん」

「平澤、今週の土曜日、暇?」

 暇? そういう訊き方はないと思う。

「暇じゃないけど。……空いてる」

 唇を尖らせてそう答えると、佐藤君は瞬間ぽかんとして、ぶはっと吹き出し笑った。

「何よ」

「平澤、見栄っぱり」

「失礼ね」

「悪い悪い」

謝りつつも佐藤君はまだ笑いの治まらない顔でつづけた。「土曜日、空いてますか? ……こう訊けばいいわけ?」

「だから、空いてるってば」

わたしは首を傾げながら、「もしかして、佐藤君も暇になったの? 仕事、なくなった?」

「暇って言うな」

 びしっと強くでこぴんされた。

「痛い」

 自分だって言ったくせに。おでこを押さえて抗議する。

「本当は土曜日にあるはずだった撮影がさ、昨日で全部終わったんだ。な、土曜日、うちに来ねえ?」

「え……」

 思わず固まった。 

 もしかしてこの間のつづき? なあんて考えてしまうわたしはアホだ。

 顔が赤くなりそう。佐藤君に気づかれないようにそっとそっぽを向いた。

 次の授業の担当の先生がやってくるのが見えた。ふたりで教室に入りながら小声で話す。

「じいさんがさ、平澤、連れて来いってうるせえんだよな」

 あ。おじいさん。いるんだ。

「行ってもいいの、かな?」

「いいよ。ってか、来いよ」

 へへ。と笑った。

「うん。行く」

 ふたりでぼそぼそ話してるとこちらを見てる深町さんと目が合った。深町さんはにっと笑うと親指を立てた。こっちも思わず同じポーズを返しながら、あれ、深町さんは佐藤君のこと好きだったんじゃないのかな。いいのかな。なんてことを考えていた。


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