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いつも手をつないで 15.
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 涼一と果南は海沿いのラブホテルの一室にいた。
 高校生のふたりがひと晩一緒に過ごせる場所など、他にはどこもなかったのだ。


 あれから果南も涼一も互いの家に電話をいれて外泊の許可を取った。
 涼一は広瀬達也に協力してもらった。
「お前、誰といるの?」
少し間を空けて電話の向こうで達也が探るような声で訊いてきた。「・・もしかして江口?」
 涼一は返事をしなかった。それだけで達也には伝わったようで、
「ま、いいや。ケントーを祈る」
 軽い調子で励まされた。
 果南は笹野悠里の家に何度か泊まったことがあるらしくあっさり母親の許可が下りた。意外だった。中学生の頃の印象だと、果南の母親は果南の行動に対して厳しいというイメージがあった。外泊は無理なんじゃないかと涼一は内心思っていたのだ。
 それにしても。
 笹野悠里にふたりのことを知られてしまった。あれこれ勘繰られて揶揄われることになるだろうと思うと涼一は少しだけ憂鬱な気持ちになった。


 ふたりは手を繋いで海岸沿いの国道を長いこと歩いた。夜の海はただ真っ暗で果てがなかった。波の音だけがずっと響いていた。
 そこを歩きながらふたりは話をした。ふたりが幼かった頃の他愛のない昔話や学校の友人の噂話ばかりだった。
 今日自分が見た母親のことを涼一はあまり口にしなかった。
果南の前で涙を見せたことで気持ちは晴れていたし、果南のほうからもそのことには触れてこなかった。
 途中のコンビニで弁当を買ってそれを夕食にした。


 ぼんやりとした灯りが建物の名前を映し出す白いホテルが見えたとき、そこに泊まろうと言い出したのは果南のほうだった。
 涼一は驚いて
「お前、あそこがどういうとこか知ってんの?」
「知ってるよ。ねえ、涼ちゃん、お金幾ら持ってる?ああいうとこって、幾らぐらいあれば泊まれるの?」
「え?」
 果南は財布の中身を涼一に見せた。涼一も慌てて財布を取り出す。ふたりの所持金はあわせて一万二千円と少しだった。
「足りる?」
「・・・多分」
 果南は涼一がああいう場所を利用したことがあると決めつけているようだった。実際二度ほどあった。無論相手は永田理恵子だ。
───何で、そんなに平気で話せるんだ?
 涼一は果南がそこに泊まることに何の抵抗も見せないことも、涼一の過去に蟠りを持っていないように感じさせることも、にわかに信じられなかった。てきぱきと行動する果南に涼一のほうが動揺していた。
「どうしたの?涼ちゃん?」
「いや・・」
「他に泊まるとこなんかないよ。きっと」
「うん・・」
 涼一は果南の言うとおりだなと思いながら曖昧に頷いた。


 できたばかりの建物らしく、外観も綺麗だったが内装も清潔さを感じさせた。シンプルな造りの部屋に涼一はほっと胸を撫で下ろす。もしけばけばしい部屋だったりしたら、果南が怖気づくのではないかと心配していたからだ。
 部屋に入ると果南は大きなベッドの横に据え付けてあるベージュのソファに腰を降ろした。
「歩き疲れちゃったよ。今日レッスンもきつかったしさ」
 果南は足を小さな木製のテーブルに投げ出すとふくらはぎを両手で揉み始めた。
 涼一は全く色気を感じさせない果南の姿に脱力する。
 ここに泊まることに深い意味はない。そう思った。
 残念だと思う気持ちも多少あったが、幾分ほっとした涼一はベッドに大の字に身を投げ出した。両腕を瞼の上に置いて深く息を吐く。
 昼間目にした光景が何だか夢の中の出来事のような気さえしてくる。長い一日だったと思う。
「テレビ見ていい?」
 果南がテーブルの上に置いてあるリモコンを手にして訊く。訊ねると同時にスイッチを入れていた。
「あ・・・」
 上半身を慌てて起こすが、涼一が止める間はなかった。
 途端に部屋に流れ出す女の喘ぎ声。真っ黒な画面が間を空けて映し出す男女の絡み合った裸体と激しく腰を揺らす姿。
 果南の瞳は大きく見開かれたまま画面に釘付けになっている。
「おいっ」
 涼一が声を掛けると果南は慌ててテレビを消した。
 今自分の目にした光景を直ぐには理解できない、信じ難いものを目にしてしまったと言わんばかりの表情。呆然と
手許を見詰める果南に涼一は嫌な疑念を抱く。
「果南?」
「は、はいっ」
「・・・お前」
「な、何?」
「もしかして、よくわかってないんじゃないの?
その・・・」
「し、失礼だよ、涼ちゃん。わかってるよ、そのくらい」
「ほんとに?」
 力強く頷く果南に涼一は余計不安を募らせる。
 果南は膝の上でぎゅっと拳を握ると
「わかってる。わかってるんだけど・・」
「けど?」
「あ、あんなに」
「・・・」
「あんなにするものなの?」
「は?」
「あんな、腰・・・」
「あ・・・」
 自分の膝に視線を落として真剣に訊いてくる。
 涼一は今見た男女の小刻みな腰の動きの滑稽さと、果南の真剣な表情の不釣り合いさに思わず吹き出してしまった。
 大声を上げてベッドの上で身体をくの字に曲げて笑い転げる。
 果南はソファから立ち上がると真っ赤になって怒った。
「ひどっ・・。笑うなんてひどいよ、涼ちゃん」
 その顔は真剣そのものだ。泣き出しそうですらある。
「ほんとにびっくりしたんだからね」
 ひとしきりベッドの上で笑い転げた後涼一は上半身を起こし、笑い過ぎて目尻に浮かんだ涙を拭った。
「涼ちゃん、笑いすぎ」
「悪い、悪い・・」
 涼一の笑い声が途絶えると途端に部屋の中は静かになった。ふたりは気まずく押し黙る。
「フツーの番組もやってるだろ」
そう言ってリモコンを手に涼一は再びテレビをつけ、チャンネルを変えた。「果南?」
 テレビに視線を預けたままで涼一は言った。
「俺、別に、今日果南とどうかなろうと思ってここに入った訳じゃないから」
「・・・」
「今日、一緒に居てくれるって言ったろ?」
「うん」
「それだけでいいんだよ。だからそんな意識するな」
「・・・」
 果南のほうを見遣ると、果南は生真面目な顔でこくこくと何度も頷いた。コドモのようなその仕草に涼一はまた吹き出しそうになってしまった。


 いざ寝ようというときになって、涼一と果南は小さな言い争いをしてしまった。
涼一がソファで寝ると言うのを果南が嫌がったのだ。
「一緒にベッドで寝よう?こんなに広いのにひとりでなんか寝られないよ」
「いや、無理だから」
「何で?」
「何でって・・」
 言い澱んでいると、
「じゃあ、あたしがソファで寝る」
「そんなことさせられる訳ないだろ?」
「じゃあ、一緒に寝よ?」
───こいつ・・。
 無邪気にも程度というものがある。
 涼一はもうやけくそで
「いいよ、一緒に寝よう」
そう言ってベッドに入った。
 お互い身体が触れないようにベッドの両端に仰向けになる。
 涼一はなるべくいかがわしいことを考えないようにと必死だ。そんな涼一の気持ちを知ってか知らずか、果南はふふっと笑い声を上げた。
「何だよ?」
「あのね。なんか、ちっちゃい頃を思い出さない?」
「・・・」
「涼ちゃんの家に泊まりに行ったり、涼ちゃんがうちに来たり。楽しかったよね」
 涼一は間接照明だけが灯る部屋のなかできらきら瞳を輝かせて話す果南の横顔をじっと見詰めた。
「いつまでもふたりで話してたら、お母さんが、こら、もう寝なさい、とか言ったりして」
「そうだったな・・」
「おもちゃを布団に持ってはいってるんだからなかなか寝られるわけないのに。ふたりでくすくす笑ってたよね」
「うん」
 あの頃はお互いの家が平和に満ちていた、と涼一は思う。母も、今日見た笑顔と同じ顔で笑っていたような気がした。
 一日がとてつもなく長かった。陽だまりと土埃の匂いに包まれていた。いつも自分と果南のことだけ考えていればよかった。
 もうあんな時間を手にすることはないのだと思うと急に言い知れぬ寂しさが込み上げてきた。
「涼ちゃん?」
 喋らなくなった涼一に果南が訝って顔を向ける。
 果南の顔から笑みが消えた。
 涼一はゆっくりと顔を寄せる。果南のほうからもその唇を寄せてきた。
 何度も何度も啄ばむように触れ合った。
 顔を離して見詰め合ってから再び触れる。涼一は果南にゆっくりと覆いかぶさると唇を深く絡ませた。
 自分の息も果南の呼吸も少しずつ上がっていくのがわかった。
 涼一は果南のパジャマのボタンに手を掛けた。ホテルの備え付けのパジャマには上衣だけでパンツはない。ボタンも4個しかついていない。直ぐに下着だけの裸体が露になった。下着のストラップに指をかけると果南の閉じた睫の先が微かに震えた。
 全てを取り払った果南の白い身体を涼一はじっと見詰める。思っていたよりもっとずっと細かったが、程よくついた筋肉で締まった身体にはよく言われる折れそうという表現は似つかわしくなかった。肌が吸いつくようにきめ細かで、涼一がそっと指先で触れると果南は僅かに眉根を寄せて苦しそうな表情を見せた。
 綺麗だと口にする余裕はなかった。喉がからからに渇いていた。
「・・いやなら、言って。止めるから」
 果南の耳元に唇を這わせて掠れた声で告げると、果南はこっくりと頷いた。
 果南の素肌に掌を這わせながら涼一は少しだけ、いけないことをしているような気持ちになった。兄妹みたいに育った昔話をたった今耳にした所為かも知れなかった。
 果南は嫌だとは最後まで言わなかった。必死に涼一に抱きついてきて怖さから逃れようとしているようだった。
 涼一が入ってきたその時だけ痛さに耐えかねた悲鳴のような声を上げた。
 涼一の下で果南はずっと羽のように柔らかだった。


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