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真冬の空(前) 3.

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 はあーっ、と。
 大きく溜め息を吐き膝を抱えて丸まった。
 屋上へとつづく階段の踊り場。対面の大きな窓から燦々と降り注ぐ陽射し。ここはとても日当たりが良い。奈々子とさっちんの三人でお弁当を広げていた。だけど。食欲なんかまるでないのだ。
 無神経─── 。
 よくもまあ。
 自分の愛しいひとに向かってあんな台詞が言えたもんだと我ながら呆れてしまう。
 膝に額を擦りつけ息を吐いた。
 あれはもう一昨日の出来事になる。桜木とはあの後ずっと口を利いていない。こっちが意識的に避けているというのもあるけれど、携帯電話にメールが来ないところをみると、もしかしたら向こうだって怒っているのかもしれなかった。そんなわけで教室には居辛かったのだ。
「紗江がそうやってさ、意地張ってる間にあの雨宮ってコが急接近してるよ、きっと。ダメだよ。そんな距離なんか空けてたら」
「う、ん」
 それはわかってる。わかってるんだけど。
 じっと、階段の下を見つめる。高い上部に大きな窓と、下に小さな窓が並んでいる。当分開閉はされていないのだろう、鍵にも桟にも色濃い埃が溜まっていた。
「ねえ、もういい加減やっちゃいなよ。桜木と」
 奈々子の口調はさばさばしていて、一瞬何の話かと思ってしまった。
「は?」
「あんたらの仲に決定的な何かがないことをあの雨宮ってコは本能的に察してると思うんだよね」
「ほ」
 本能的。
「あのコだったらさ、桜木に求められたら躊躇なくあげちゃうよね、きっと。ってか、自ら積極的にそうしちゃいそうだよねえ」
「へ、変なこと言わないでよー。それにいまその話、全然関係ないでしょうー」
 どん、と右隣の奈々子の肩を小突いた。左隣のさっちんは今日は大人しい。黙々とお弁当を口に運んでいる。
 桜木が雨宮さんに求めるだなんて、想像しただけで眩暈がしそうだ。そういう例え話はやめてほしい。余計頭がぐちゃぐちゃになる。
「何をそんなに考えることがあるのよ、紗江。桜木のこと、本気で好きなんでしょ?」
 今度はふざけた色のない声で訊かれた。本気で好き。それはそうだけど。
 また、膝を抱えお皿の上に顎を乗せた。
「……だって」
「だって?」
「だって、あたし、まだ十七なんだよ? 何て言うか。……そんな簡単に捨てられないよ」
 口にしてから気がついた。
 そう。
 きっとこれがあたしの本音なのだ。
 相手が誰であれまだ早いと、心の奥底の本当の部分では、真面目にそう思っている自分がいるのだ。
 変だろうか。滑稽だろうか。こんな時代に。捨てるとか捨てないとか捨てられないとか。そんなことを考えるあたしは時代に乗り遅れている人間なのだろうか。
「笑いたかったら笑えば?」
不貞腐れたみたいに言ったけど、
「笑わないよ」
あたしが拘りつづけているそれをとっくに手放してしまった奈々子から、真摯な口調の返事があった。
 お弁当は手をつけられないままあたしの後ろに置いてある。その横の携帯電話はぴくりとも反応しない。
 桜木はいま何を思っているだろうか。あたしのことを考えてくれているだろうか。こちらと同じ量で、深さで。
 雨宮さんの自分へ向けられる一途な恋心を容認する桜木。
 きゅっとスカートの裾を握った。胸が痛い。胸がこんなにも痛いのに、あたしは想像してしまう。
 桜木の中で浮遊しつづける雨宮さんの恋心を想像してしまうのだ。
 ふわふわと舞い、絶え間なく降り積もる小さな粒のようなそれは、少しずつ堆積され、やがては大きく形を変え、桜木の胸いっぱいを埋め尽くしてしまうだろう。
─── あたし、桜木先輩には気に入ってもらえてるって、そう思ってますから。
 その通りだと思う。
 桜木は雨宮さんを嫌ってはいない。どころか、もしかしたら好いているかもしれない。
 ああ、もう。何だか泣けてきちゃいそうだ。
「呑気ね、紗江」
 唐突に左隣から聞こえてきた声は、驚くほどに冷めていた。
 ゆっくりと顔を上げ、さっちんのほうを見た。
 聞き間違いかと思った。自分の耳のほうがどうかしたのだろうかと。
「さ、っちん?」
「奈々子も」
「え? さっちん、何?」
 奈々子があたしの肩越しに顔を覗かせて言う。少なからず動揺している声だった。
 さっちんのこんな冷めた声は聞いたことがなかった。さっきからずっと黙り込んでいたと思ったら、あたしたちふたりに対し何かを憤っていたのかと、ここへきて初めて気がついた。
「奈々子、ケータイは?」
 さっちんがこちらを見ないままに言う。視線は手元のお弁当箱に落としている。どうしてこちらを見ないのだろうかと考え、心臓が少しずつ拍数を上げた。
「え? 教室にあるけど?」
 さっちんはお弁当箱を仕舞うと、ブレザーのポケットから自分の携帯電話を取り出した。薄いピンク色のそれをぱかっと開き、親指で操作し、ある画面を開くとあたしと奈々子に差し出した。

 
subject : このメールは必ず五人の人に回してください。

「何、これ」
 奈々子の気の抜けた声。
 心臓がとくんと強く打った。
 本文にあたしの名前が載っているのが見えたから。

 本文 : 回さなければ不幸になります。

二年E組の野々村紗江と数学教師の畠山はデキている。今回の期末テストで補習常連の野々村紗江が97点を採れたのはその所為だ。テスト問題の漏洩があったことは間違いない。

許していいのか?
 

「何よ。これ」
奈々子が繰り返し言った。今度の声には明らかな狼狽が滲んでいる。
「さっちん、どうしたの、これ」
 さっちんは、あたしと奈々子のほうを見た。怒っているというよりは傷ついた瞳の色をしていた。
「隣のクラスの栗林くりばやしさんからきたの。でも、栗林さんはあたしと紗江が仲いいこと知ってるから、他には誰にも送ってないって言ってた。ただこういうものが回ってるよって教えてくれたの」
「いつ?」
「今日の二時間目のあと……」
 あたしはさっちんと奈々子の間に挟まれて完全に言葉をうしなっていた。
 何、これ。
 奈々子じゃないけど、その言葉しか頭に浮かんでこなかった。
「どれくらいのひとに回ってるんだろう」
隣で、奈々子が何か言っている。そう思った。
「止めなきゃ」
立ち上がったけれど、
「どうして紗江なの?」
 さっちんのひと言で、奈々子の動きは停止した。その奈々子の足元で、あたしは未だ身動きひとつとれずにいるのだ。
「どうして、紗江なの?」
 繰り返しさっちんが言う。
 さっちんの攻撃の矛先が自分に向いていることを、あたしはすぐには気づけずにいた。
「……え?」
 ゆっくりと目を合わせたさっちんの顔は、これまで見たことのない表情をしていた。
 いつもは穏やかなさっちんの顔が歪んでいた。
 怒っているのだろうとは思ったけれど。それが誰に対しての怒りなのか咄嗟に判断できなかった。自分の思考回路が完璧に停止していることにも気づかなかった。
 あたしだって。
 さっちんが言う。
「あたしだって97点採ったって、みんな知ってるはずなのに。どうしてこうやって噂になる相手があたしじゃなくて紗江になるの? 紗江は桜木とつき合ってるって、みんなが知ってるはずなのに、どうして畠山の相手があたしじゃなくて紗江になるの?」
 ああ。さっちんが泣きそうだよ。と、目の前にある顔を見ながらぼんやりと思った。
 畠山は、紗江のこと気に入ってるんだよ─── 。
 さっちんの唇が動いている。
「あたしずっとそう思ってた。畠山は、紗江のこと、気に入ってるんじゃないかって。ずっとそう思ってた」
「……え?」
 あたしはきょとんとする。さっちんはきゅっと携帯電話を握りしめていた。
「紗江だって本当はそう思ってるんじゃないの? 奈々子だって」
「え?」
「このメール打ったひともそうなんだよ。そう思ってたんだよ、きっと。だからこんな風に」
「さっちん、やめなよ」
 奈々子の強い口調がさっちんの言葉を制した。さっちんはそれでも顎を突き出し奈々子を睨みつけていた。
「そうやって紗江を責めたって仕方ないじゃん。こんなの嘘だって一番わかってるの、あたしとさっちんなのに、さっちんがそんなこと言ってどうするの?」
「そんなの、どうして奈々子にわかるの? あたしたちの知らないとこで紗江と畠山には何かあるのかも知れないじゃん? 奈々子、そんなこと絶対ないって断言できる?」
 あたしは奈々子のほうをゆっくりと向いた。
 奈々子は僅かに戸惑いを滲ませた顔であたしを見る。
 さっちんの声がした。
「紗江、夏休みに、畠山とふたりだけで教室で会ってたでしょ?」
 奈々子の大きな目がさらに大きく開かれた。あたしは自分がどんな顔を奈々子に見せているのか、それすらわからなくなっていた。
 夏休みに畠山とふたりきり?
「ああ、あれは……」
 あれは、自由参加の補習授業だったのだ。あたしは部活を終えた桜木と一緒にいたいが為に、補習授業後桜木に会えることだけを目的に参加した。
 補習授業は全部で五日間あった。ふたりきりになったのは五日目の最終日だけだ。
 だって夏休みなんだもん。誰が好き好んで数学の補習授業を受ける為だけに登校したりするものか。しかも対象者は数学の苦手な、一学期末の試験で赤点を取った人間ばかりなのだ。
 そう。
 それだけの話だ。
 何も疚しいことはない。
「あれは、何?」
 さっちんが、挑戦的な口調で問う。
「あれは……」
 けれどあたしは言いよどんでいた。いまにして思えば、あたしはその話を誰にもすることができなかったのだ。畠山とふたりきりの授業になってしまったという事実を。奈々子やさっちんのみならず、桜木にさえ。話せなかった。
 何故なのかは自分でも上手く説明できない。
 ただほんの数時間。畠山から受けたふたりきりのあの授業は楽しかった。おおっぴらには言えないけれど。五日間の授業の中で一番楽しかったのは本当だ。畠山が口にした数少ないくだらないジョークだとか、黒板に走らせるチョークのカッカッと鳴る音だとか。わかり易く説明してくれる低く優しい声だとか。それは、いまでもよく覚えている。
 あたしは桜木を好きだし桜木とつき合っている。
 だから。桜木以外の人間とああいう時間を持ってはいけないと、それは第三者から責められなければいけない時間だと。そういうことになるのだろうか。自ら望んで作った時間ではないのだとしても。
「あれは、違うよ。あれはね、参加が自由だったんだよ、それで他のひとが誰も来なくて、だから……」
「奈々子」
「ねえ、さっちん、ちゃんと聞いて」
 自分が問い詰めておいて。さっちんはあたしがそこにいないみたいな顔で奈々子に話しかける。視線があたしを素通りしている。
「奈々子、畠山に携番聞いたとき、すぐに教えてくれたって言ってたじゃん?」
「……う、ん」
「さっちん」
「畠山、他のコが聞いても絶対教えてくれないんだって。携番もメアドも。あたし、知ってたんだよ。だから、奈々子が携番ゲットしてきたときまさかって思った。そのときね、この三人のなかの誰かをきっと畠山は気に入ってるんだろうなって思ったの。好きなんだろうなって。多分、紗江だろうなって、そう思ったんだけど。……だけど」
そこでさっちんは喉を詰まらせた。「だけど、もしかしたら、……って、あたし、もしかしたらって、バカみたいに、そんなこと……」
「さっちん、ごめ……」
 口にしながら、ごめんという言葉は間違っているなと気がついた。ぴしゃりと強く。伸ばした手を払われていた。
「ごめんとか言わないでっ」
 さっと立ち上がったさっちんは、下の踊り場までひと息に駆け下りていた。
 紺色のブレザーに包まれた背中が。完全にあたしを拒絶しているのがわかる。身体中がさあっと冷たくなった。
「わかってる」
「さっちん」
「わかってるの。紗江が悪いんじゃないって。こんなメール回されて、紗江だって傷ついてるのはわかってる。だけど」
 さっちんは振り返らない。顔をこちらに向けないままに言い募る。
「ごめん。いまは、顔、見たくない。話も、したくない。お願い」
 暫く話しかけてこないで─── 。


 愕然としていた。
 どうして突然こんな事態になったのか。
 頭はまだ真っ白だ。ぼんやりとさっきのさっちんの言葉を反芻する。
 畠山があたしを気に入っている? 
 暫く話しかけてこないで?
 暫く。
 暫く、とさっちんは言った。暫くって、具体的にはどれくらいの期間なんだろう。そんなどうでもいいようなことばかりを考える。
 奈々子と喧嘩をしたことは何度もある。回数をこなすことがいいことなのか悪いことなのかはわからないけれど、奈々子とはどんなひどい口喧嘩になっても目が合った一瞬で仲直りできるようになってしまった。
 さっちんはいつだって穏やかで、本人が腹を立てることもこちらを怒らせることも殆どなくて。だからあんなさっちんを目の当たりにしてもまだ、いま起こった出来事が本当のことなのかどうか、そこから疑わなければならなかった。
 長いこと腰を下ろしたままでいたけれど、そうもしていられないのでのろのろと立ち上がった。
 話しかけてこないでと言ったさっちんはどこにいったのか、もう姿は見えなくなっていた。
「紗江、教室に戻る?」
 奈々子の言葉にこっくりと頷く。他にどこへ行けばいいのかわからなかった。
 人気のない階段をふたりで降りる。
「ねえ、奈々子」
「うん?」
「あたしって、もしかして学校で結構嫌われてるのかなあ……」
「ええ?」
 そんなことないよ、と奈々子はムキになって断言するけれど。
「だって。前にも教科書隠されたりしたじゃん」
「あれは、犯人わかってるじゃん。原因も。やめなよ、いまそういう悲観的なこと考えるの」
「う、ん」
 頷きながら、それにしてもあのメールはちょっとイタイなと思った。あたし、教室でちゃんと午後からの授業、受けられるんだろうかとにわかに自信がなくなってきた。
 桜木は。
 もうあの不幸の手紙みたいなメールを見ただろうか。
 どくん、と。心臓が強く打った。
 平衡感覚を保てなくて隣にいる奈々子の制服の腕を掴む。
「大丈夫だよ」
 背の低い小さな奈々子がこちらの顔を見上げて言う。
「う、ん」
そう返事はしたけれど、自信はなかった。


 あたしと奈々子が姿を見せただけで、騒がしかった教室が一瞬にしてすうっと静まり返った。予感はあった。が、それにしてもと青くなる。
 視線だけで教室を見回した。見慣れたクラスメイトの顔がまるで知らない人々のそれのようだった。教室を間違えて入ったみたいな違和感と、強い好奇心とを全身の皮膚で感じていた。
 みんな知っている。
 みんな知っているんだな、と唖然としていた。
 その事実は意外にも、あたしを少しだけほっとさせていた。少しずつ少しずつ知れ渡るよりは余程マシだと、強気にもそう思っている自分がいた。
 隣に立つ奈々子は、少しの間だけ躊躇していたものの、やがて普段どおりの様子で自分の席へすたすたと歩いていって、座った。
 あたしはと言えば、まだ足をうまく踏み出せないでいた。皆の視線があたしに集中しすぎているのだ。動いた途端に爆発する地雷をあたしがいままさに踏んでいるようだった。
 きゅっと。右手で拳を握る。左手にはお弁当箱を持っている。マヌケなあたし。
 ああっ。もうっ。
 何かひと言ぶちまけてやりたい。こっちを見るなでも、あれはデタラメだでも何でもいい。ハリウッド映画でよく使われる、みんなが思い切り退くような汚い言葉でも構わない。
 だけどそんな勇気はないのだ。
 再び顔を上げ教室を見渡した。
 さっちんはいなかった。
 桜木は自分の席に座っていた。隣には村井君もいるようだったが顔を合わすことはできなかった。桜木のズボンの裾のあたりをちらりと一瞥しただけで視線をすぐに逸らせていた。
 背中側にある扉が勢いよく開く音がした。クラス中の視線があたしを擦り抜けそちらに注がれた。
「野々村、いるか?」
 担任の白岩先生の声だった。ゆっくりと後ろを振り返る。
「ああ。いた。ちょっと……」
 担任までもがメールの存在を知ってしまったのかと、教室は瞬時に騒然となった。
 白岩先生は教室の雰囲気だけで全てを察したのだろう、こっちに来いという仕草であたしを教室から連れ出した。
 確かに。あのメールの話が事実ならとんでもない不祥事になる。先生も担任として何もしないわけにはいかないのだろうと察し素直に従った。
 グレイの地味なスーツを着た先生の後をついて歩いた。先生の後頭部は少し寂しい状態になっている。そこを取り巻く毛がふわりと浮いている。
 ぺたぺたと。上履きの音がしていた。
 あの教室から抜け出せたことに半分ほっとし、半分、今度はどこへ連れて行かれるのだろうかと不安になった。
 廊下を歩いていても尚、好奇の目に晒されているのがわかった。あのメールはいったいどれくらいの数の人間に広まっているのだろう。真っ直ぐ前を見ながら考える。
 畠山はどうなんだろう。
 畠山はもうあのデタラメな中傷メールを目にしただろうか。
「野々村」
 ふいに名前を呼ばれた。後ろから。顔を確かめなくても誰だかわかる。聞き慣れた声だ。
 あたしよりも先に白岩先生が足を止め、あたしの後方に顔を向けた。声の主をじっと見つめ、目線を下げる。あたしと目が合うと、くいっと顎をしゃくってみせた。
 おい。呼んでるぞ、と。そういう仕草だった。
 泣きたいような気持ちで後ろを振り返った。
 目が合った桜木は何かを確認するみたいにあたしの顔を見つめてきた。桜木の涼しげな目許。久しぶりだなと思った。桜木の顔をこうやってまじまじと見るのは久しぶりだった。一昨日喧嘩したから二日ぶりくらい? なんて考えながらこちらもまた一心に桜木の顔を見つめ返していた。
 桜木はやがて何が可笑しいのか目許を崩してふっと笑った。
 なのでつい。こちらも頬を緩めてしまっていた。
 桜木が右手を差し出してきた。意味がわからなくて、え、と瞳だけで問いかける。
「弁当箱。ずっと持って歩くつもり?」
「え、あ。……ありがとう」
 お弁当には手をつけていない。重さでそれを悟ったのだろう、受け取った桜木は気遣うような表情になった。
「大丈夫?」
「うん。大丈夫」
 白岩先生が再び歩き始める。桜木の行動を呆れもせず咎めもせず。三十代後半の、地味なスーツしか持っていないこの担任が、実は結構話のわかるやつだということをあたしたちはちゃんと知っている。
 あたしは桜木に軽く手を振ってからまた歩き始めた。

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