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ひらひらり  3.
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 一子が大きなリュックを持って俺の部屋にやって来た日。
 宣言どおり一子は泊まっていった。
 結局そういうことになった。
 部屋に帰ってから僅か十分後にはふたりでベッドの上にいた。言い訳はしない。いきなり唇をぶつけてきたのは一子のほうだ。そして俺は全くといっていいほど拒絶らしい拒絶も見せられないまま、一子をベッドに押し倒していた。
 一子は、まあそうだろうな、とは思っていたけれど、やっぱり初めてだった。なんで経験のない一子がこちらをストレートに誘惑するような真似をするのか。不思議に思いながら、けれど自分の気持ちを止める手立てがなかった。一子にいざなわれるまま、そうすることがずっと前からの使命であったかのように、俺の下で震える小さな身体を抱きしめていた。
 初めは一子を怖がらせないようにと気遣っていたくせに、途中から我を忘れてその身体にのめり込んだ。相手を労わる気持ちなんかすっかり忘れてしまい、行為に夢中になってしまっていた。自分のほうからやってきた一子が全く抵抗しないのをいいことに、散々いやらしいことをした。二度三度と抱いた。一子は初めてだったというのに、だ。相当きつかっただろうと思う。
 あの夜の俺もまた最低だった。
 
 
 翌日。
 目覚めたばかりでまだ開ききらない俺の目に、茶色いコートを羽織った背中がぼんやりと映った。狭い玄関にしゃがみ込んでブーツを履いている一子の背中からは、すでに拒絶のオーラが漂っていた。
 一子は俺が起き出さないうちに部屋を出ようとしていたみたいだった。その目論見に失敗した一子の表情には明らかな狼狽が滲んでいた。
 何となくそんな気はしていた。積極的なふりをしながら、どこかよそよそしい、一線をひいた態度から察してはいた。
 多分一夜限りにするつもりなんだろうと。
 いずれ結婚するのに?なんでそんなことをする必要がある?
 疑問はいくつもあったけれど、一子がそれを望んでいることは、曖昧とだが推測できた。
「わっかんねえなあ…」
 一子が部屋を出て行くのを見届けたあと、煙草を消し、そのままベッドに頭を抱えてうつ伏せに倒れこんだ。
「わっかんねえ」
 もう一度呟く。自分の声が泣き声みたいに聞こえた。
 抱えた頭を動かせば、回した腕の向こうに真っ白なシーツが見えた。一子がごしごしと手洗いしてから真夜中に洗濯機を回したあと、ビニールの紐を張って作った簡易物干し場に、ふたりでその両端を引っ張り合いながら共同作業みたいにして干したシーツ。
 一子は干したシーツの前に暫く佇み、
「ごめんね」
と消え入るような声で言った。
「…何で謝るんだよ?」
 こちらよりかなり低い位置にある頭を見た。つむじは時計回り。久しぶりに傍にいる一子は本当に小さくなっていた。
「わかんない…」
「謝ることなんか何もないんだよ」
 一子がこちらを見上げる。不安そうな助けを請うような瞳だ。
「だろ?」
 一子はそれでも自信無げな顔で俺を見上げていたが、やがて照れ臭そうに笑った。
「…かな?」
 こめかみを軽く小突いてやった。おどけたようにへへへ、と笑う一子の顔はやっぱりどこかあどけなかった。
 あのとき、交わす言葉は少なかったけれど、でも思いは通じ合っていたはずだ。好きだと互いに口に出したりはしなかったけれど、落とす唇や触れ方で気持ちは伝わっていたと思う。
 一子だって。
 一子だって俺を嫌ってはいないはず。必死にしがみついてきた腕の力の強さから俺ははっきりと確信した。幸せだった。
 でも。
 思い違いだったのかもしれない。時間の経過と共に、身体に残っている一子の肌の感触が薄くなっていくように、だんだん自信もなくなっていく。
 腕の向こう側に見える世界は、広がったシーツ以外は昨夜の痕跡が跡形もなく消え失せていた。
 小さなローテーブルにちらばっていた食べ物のかすも、皿も、コップも。一子は一体何時に起きたのだろうか。全て綺麗に片付けられていた。
 ぐるっと身体を反転させて仰向いた。
 旧い天井はところどころ変色している。切り忘れた換気扇が、台所でうるさく鳴っていた。
─── ありがとう、ね。
 ありがとう。と一子は言った。
 ありがとうって何だ?
 まるで一子に頼まれて抱いてやったみたいじゃないか。そんなつもりは毛頭ない。
「わっかんねえなあ…」
 三たび呟く。
 ベッドの上で脱力した。殆ど放心状態だった。
 何かあったんだろうけど。じゃなきゃこんな展開は有り得ない。
 瞼をそっと閉じた。
 眠い。
 昨夜は、というかもう今朝、だった。何時ごろ寝入ったんだっけ。一子が点けていった暖房の利きが、疲弊した身体にほどよく気持ちよかった。気力も正気も失われていく感覚。すうっと夢の世界へ引きずり込まれてしまいそうだった。このまま眠ってしまおうか。一日くらい休んだってどうってことない。
 深く呼吸した。
 シーツに刻み込まれた一子の残り香が鼻孔を刺激して少なからず驚いた。香水とは違う。人工的ではない甘い汗の香り。本人は自分の存在を全て消し去るつもりで元通りきれいさっぱり片付けてからこの部屋を後にしたんだろうけど。でも匂いまでは消し去ることができなかったみたいだ。ふっと笑いが零れそうになった。
 昨日の夜。
 下にいる一子の前髪をかき上げた。丸いおでこが剥き出しになり、暗闇の中、月のように白く浮かんだ。その下の睫はいつまでも細かく震えていた。幼い頃から一子の額は広かった。喧嘩するときもそうでないときも、よくそこにでこぴんしてやった。その丸い額にゆうべは何度も唇を落とした。そうするたび今と同じ匂いが鼻を掠めた。愛しかった。
 ぱっと瞼を開く。先ほどとなんら変わらない年季の入った旧い天井が映った。
 冗談じゃない。
 冗談じゃない、と思った。
 これで終わりになんかさせない。
 がばっと起き上がると、ジーンズを脱ぎ、そのまま風呂場に直行した。蛇口を捻り熱いシャワーを浴びる。身体も頭も急激に覚醒していった。
 ふざけるな、と思った。一子の思い通りになんかさせない。向こうの思惑なんかまるっきり気付いていないふりをしてやる。婚約者面して積極的に話しかけてやる。そう思った。
 バスタオルで身体を拭きながらカーテンを開けた。
 朝の自然な光が部屋中を満たす。ひと息に。白い光に支配される。太陽が作り出す光線の中、小さな埃がいくつも浮遊しているのが見えた。
 外の世界はもう動き始めていた。昨日の暗い空が嘘のように天気はすっかり回復している。雪はどこにも残っていない。ところどころ屋根が濡れているくらいだった。
 窓を開けると凍るような冷たい風が肌を刺した。
 一子がここにいたことを証明していた空気は一瞬で掻き消されてしまっていた。
  


 

 居酒屋の会費はひとり三千五百円。女性は三千円。食べ物は決められたコースメニューだけれど、アルコールは飲み放題だ。
 ずっと生ビールを飲んでいたら腹が膨れてきた。なので途中から焼酎の水割りにかえた。アルコールの匂いのする氷水を飲んでるみたいな薄い味。苦笑しながら、まあ、いいか、とずっとそれを飲んでいる。
「なあ、門倉と中野はさ、五月の試験、受けるんだろ?」
 テーブルを挟んで目の前に座っている男が言った。髪の毛をつんつんと立て耳にピアスを幾つも並べた男。だぼっとしたTシャツに腰で穿くぶかぶかのジーンズを身につけている。うちの大学には珍しいタイプ。でも、真面目そうな顔付きは如何ともし難く、遊び人風には見えない。本人がどんな路線を目指してそんな格好をしているのかは知らないが、どことなくちぐはぐだった。
「試験まで後一ヶ月もないっしょ?こんなとこで遊んでていいの?」
 隣に座る中野があは、と軽く笑った。
 五月の試験。
 旧司法試験のことだ。
 五月に短答式試験。七月に論文式試験。うまくいけば十月には口述式試験が待っている。
「今更じたばたしたってね、仕方ないじゃん。それに俺らまだ三年だろ?別に今年受かんなくたっていいし」
 中野が軽妙な調子で答える。
「ふーん」
 ピアス男は酎ハイのジョッキに口をつけながら笑っている。こいつも法学部の人間だ。自分はどうなんだ、と聞いてやりたくなった。
「そんなこと言ってさ、本当はふたりとも余裕なんじゃないの?」
「いや、そんなことはないよ。司法試験を余裕で受けられるやつなんかいないって。な?樹?」
 いきなりふるな。
「…ああ」
 テキトーに頷いておく。
 でも本当だ。余裕なんかあるわけがない。
 グラスを回し氷をカラカラいわせる。グラスに付いた水滴で掌も指先もずっと濡れている。冷たい。
「だけどさ。門倉はお兄さんも三年のときに受かってるって聞いたぜ。うちの大学の卒業生なんだろ?親父さんは弁護士だっていうし。なんか、血統がちがうって感じだよな」
 げっ。なんでお前そんな俺んちの事情に詳しいわけ?
 思ったけど口に出しては言わなかった。でも、相手は表情からこちらの気持ちを察したみたいに唇の端を上げ、面白そうに笑った。俗気たっぷりな笑い。
「門倉は有名だから」
「有名…?」
「そ。顔もいいし、頭もいいし。目立ってるんだよな。女のコにももてるっしょ?」
「……」
 首を傾げ黙っていると、ぶはっと吹き出されてしまった。
「門倉あ。ここは否定するとこだってー」
 何が可笑しいのかピアス男は両手を叩いて笑っている。その視線が遠く離れたところに座る田辺のほうにちらっと向けられた。そうしてからこちらの顔を窺うように見詰めてくる。冷やかすような色まで滲んでいた。嫌な予感。
 田辺とは最近話らしい話をしていない。今日もここへ来ることは顔を合わせるまで知らなかった。
「門倉さ」
 ピアス男がトーンを落として続ける。その身をテーブル越しに乗り出してきた。内緒話でもするみたいに顔を近づけてくる。柑橘系の匂いがした。酎ハイの匂いだ。
「田辺さんに告られて、速攻ふったって噂があるんだよね。それってさ、マジなの?」
「へ?」
 俺よりも先に隣の中野が気の抜けた声を出した。
 俺は今の話が聞こえなかったみたいな顔でグラスに唇をつける。なんなんだよ、この男は。まるで三流テレビの芸能リポーターだ。
 地獄耳。
 確かに。本当の話だった。
 でも俺はその話を誰にもしていない。
 中野にも。木庭にも。一子にも。
 なんで噂になってるんだ?
「…へえ。そんな噂、あんの?」
 ヒトゴトみたいな言い方で、逆に質問してやった。
 ピアス男は虚を突かれたみたいな顔になった。くしゃっと顔を崩して笑う。
「えー?違うのかよー?なんだよー。ただの噂かよー」
残念そうに乗り出していた身を退いた。「まあねー。あんないい女に言い寄られて断る男なんかぜってーいないよな。なんつっても未来の女子アナだぜ」
「何?タイプなの?」
 中野が茶化すように言った。動揺をうまく隠している顔。
「タイプっつかーさ。絶対手の届かない高嶺の花、って感じ?」
「なんだよ、それ。えらく謙虚じゃん」
「だってさー、田辺さんだぜー」
 ひとしきりピアス男と話をした後、中野がこちらに視線を送ってきた。眼鏡の奥のやや温度の低い眼差し。
「…何だよ?」
「そういうことだったんだな」
 最近、俺と田辺の様子が変だということくらいはわかっていたのだろう。中野は謎が解けたみたいな、けれどどこか不機嫌な口調でそう言った。
「樹はさ、肝心なことはなーんにも教えてくれないんだよな。一子ちゃんとのことにしてもそうだし…」
「一子?」
 惚けた顔で訊き返すと、中野は呆れたみたいな顔で、
「ま、いいけどな」
そう言った。何がいいのかこちらはちっともわからない。
 一子は離れた席に座っている。
 総勢二十二人。
 男女比六対四ってとこ?
 一子の隣にはリーマン野郎と木庭。木庭はもう一子のことは狙っていないはずなのに。でも楽しそうに話している。一子はお酒に強くない。頬が赤く染まっていた。中学生が酒飲んでいいのかよ。って、傍にいたら絶対からかってやってんのにな。
 田辺は俺を挟んで一子とは反対側の位置に座っている。あまり楽しそうに見えない表情の薄い顔。青白い肌。けれど相変わらずの秀麗さで人の目を惹きつけている。
 じっと見ていると視線が絡んだ。田辺は怯まない。真っ直ぐこちらを見詰めてくる。暫くその瞳から視線を離すことができなかった。


 春休み。
 一子と喧嘩するよりもちょっと前。
 田辺から電話があった。これからアパートへ行ってもいいかと訊かれた。すぐ近くまで来ているからと。
 すでに日の暮れた時間帯だった。視線を移した窓の外は暗く、鏡のように俺の姿が映し出されていた。戸惑った、ややマヌケな俺の顔。
「ひとり?」
と訊くと、
「ひとりよ」
と答える。
 さすがに返答に窮した。
 黙っていると、
「大事な話があるの。できれば誰にも聞かれずに話がしたいの。行っちゃいけない?」
 少しもふざけたところのない声の響き。だからといって、というか、だからこそ易々と受け入れてはいけないことくらい俺にもわかる。
「今からひとが来るんだ」
 そう言うとケータイの向こうが凍ったようにしんと冷えた。束の間の沈黙の後、
「誰が、来るの?」
 震えるような声で訊ねられた。それって田辺に言わなきゃいけないこと?そう思いつつ、
「一子」
─── 一子が来るんだ。
 間髪を入れずそう答えていた。嘘だった。今日一子が部屋に来る予定はない。でも、これは許される嘘だと思う。これで諦めてほしいと祈った。
 長い時間耳にケータイを当てたまま部屋の真ん中に突っ立っていた。
「じゃあ、今から外に出てきてもらっていい?」
 弱々しい声。
「わかった」
 指定された店は静かな喫茶店だった。喫茶店といっても夜はお酒も飲める店。小さくジャズが流れている。茶色いフィルターをかけたみたいな灯りの下、隅っこのテーブルを挟んでふたりで向かい合った。田辺はストライプのシャツにジーンズというシンプルな格好をしていた。一子と同じようにでっかいリュックを持っていたらどうしようかと思ったが、それはなかった。アホだな。俺は。
 でも。
 予想通りというか。なんというか。
「ずっと好きだったの」
そう言われた。「門倉君のほうから言ってきてくれないかな、って本当はそう思ってたの。自分のほうから告白するなんてちょっと抵抗があって。笑えるでしょ?門倉君があたしのことそんな風に見てないのはわかってたんだけど」
「……」
 困る。こういうのはいつまで経っても慣れない。全然知らないコならまだしも。もう二度と会わないような相手なら、さっと断って席を立つこともできるのに。ずっと中野や木庭たちと一緒にいたし、これからも大学で毎日のように顔を合わせる相手に迂闊なことは言えないし、邪険にもできない。非常に困る。
 煙草が恋しくなった。ジャケットの胸ポケットを探って、忘れてきていることに気が付いた。この店にも煙草くらいはあるかもしれない。どうしようかな、と考える。
「美田村さんとつき合ってるの?」
 静かな声。
 視線を合わせ、ああ、と頷いた。
「そう、なんだ」
「……」
「門倉君、美田村さんのこと好きなのかな、とは思ってたんだけど。だって、門倉君、美田村さんと接するときだけ別人みたいになっちゃうでしょ?」
「別人?」
思わず笑ってしまった。
「そうよ。ちょっとコドモっぽくなるっていうか。幼くなるっていうか。門倉君、女のコ全般にすっごく優しいのに、美田村さんにだけは意地悪するじゃない?だから…」
 そこで俯いた。右手の人差し指と中指を唇にそっと当てる。唇が震えるのを抑えようとしているみたいだった。
「ダメ、なのかな?」
「え?」
 田辺が顔を上げた。目が僅かに潤んでいる。そのひた向きな視線がこちらに真っ直ぐ向ってくる。本当に。困る。
「気持ち、絶対変わらない?」
「……」
「美田村さんと同じライン上に、あたし、今から立つことできない?」
「……」
 考え込んでしまった。
 実は一子と自分は結婚の約束までしているんだと。その話をするべきじゃないかと考えていた。相手が本気で向ってくるのに、こちらが嘘を吐くわけにはいかなかった。
 しかし。
 この話は余りにも恥ずかしいので俺も一子も誰にも打ち明けていなかったのだ。
 毎日会えば喧嘩ばかりしているのに。実は結婚の約束をしています、なんて。本当はそれくらい相手を好きだなんて。他人には絶対知られたくない話だ。
 正直かなり照れ臭い。
 なるべく端的に話した。事務的にという感じで。ただし、きちんと詳しく嘘のないように告げた。
「高校生の頃から?」
 話を聞き終えた田辺が呆気にとられた声を出した。目を丸くしている。綺麗な黒いラインに縁取られた大きな目だ。
「うん。まあ…」
 苦笑するしかない。煙草がないので間がもたなくて、目の前のビールはもう三杯目だ。並々と注がれている。田辺はコーヒーを飲んでいた。こちらももう空っぽ。
「ずるいな」
「え?」
「美田村さん。ずるいわよ」
 ずるい?一子が?
「そんな風にずっと高校生の頃から門倉君のこと縛ってたわけでしょ?しかも親がかりで。幼なじみだからって。なんていうか、甘えてる。…門倉君はそれでいいの?親のいいなりで、いいの?門倉君なら、自分でそういう相手、いくらでも選べるでしょう?どうして美田村さんなの?」
 俺の説明の仕方が悪かったのか。それともある種の先入観がすでに田辺の中にあったのか。そんなことを言われて俺は困惑した。
「いや、田辺、違うんだ」
「え?」
「違う」
 縛ってるのはさ。一子じゃなくて、俺のほうなんだ。
 俺の言葉に田辺が怪訝そうな顔つきになった。言っている意味がわからない。そんな表情だ。
 美田村のおじさんが俺に婚約の話を持ってきたとき、冗談じゃないとばかりに一度は断ったくせに、俺はその話が別の男のところにいくのが嫌でそれをどうにか阻止したい一心で結局承諾する形となってしまった。
 一子を好きかどうか。そんなことを考えるよりも前に一子の可能性を狭めていたのだ。
 一子に他の男を見てほしくなかった。選択する余地を与えたくなかった。ひどく度量の狭い男だったのだ。まあ、高校生だったからな、と今となっては自分で自分に言い訳している。
 でも。少しだけ罪の意識は感じている。一子には話していないけど。
「だから、さ。ずるいのは俺のほう、なんだよね」
 田辺の顔が硬くなった。
 追い討ちをかけるようにもう一度言った。
「縛ってるのは、俺のほう、なんだ」
 目の前の女の顔が途方に暮れたみたいな顔付きになった。その存在が途轍もなく遠く感じられた。


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