1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 雪、雪、雪 3. ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 母は、今から二十年前、妊娠三十一週目のときに交通事故に遭遇するという貴重な体験をしている。 ちょう度そのとき母のお腹の中にいたあたしは、1700gちょっとという不完全な身体でこの世に放り出されることとなった。今では健康そのものの体型だけれど、なんと未熟児だったのである。 保育器の中で、色とりどりのいくつもの細い線をその身体に這わされ、泣くこともしない小さな娘に、両親がどんな思いで”一子”という名前をつけたのか。あたしには想像もできない。 母は搾った母乳を毎日病院に運び、透明な箱の中を覗きながら、「生きて、生きて。この子さえ生きててくれればもう他に何もいらないから」と、ただそれだけを父とふたり、祈っていたそうだ。 昔はあまり好きではなかった一子という名前を、今は結構気に入っている。 母の身体に事故の後遺症があったのかどうか、あたしは知らないけれど、両親は結局それ以降子宝に恵まれず、ひとりっこのあたしは大事に育てられた。 父親は小規模の、けれど歴史だけはある呉服屋のお坊ちゃまで、そのお坊ちゃまがバブルがはじけてかなり経ったある年のこと、洋服屋を始めたいと言い出した。 バブルの頃はどれほど取引先の銀行や百貨店から店舗の拡大を薦められてものらりくらりと交わしていた父が、景気が冷え込み消費者の財布の紐が固くなったある年、突然そんな無謀な計画を実行し始めたのだ。 父のこういった突然の行動を、”爆弾投下”とあたしは密かに呼んでいる。 そういえばまだ洋服屋を始める前、一度、ベトナム人の若い男のコをうちに下宿させ、「呉服屋 この時も、父は周りの声など一切関知していない涼しい顔をしていたし、母もまた、文句ひとつ言わなかった。 結局、青年は日本の伝統美のなんたるかを知る前に不法滞在が発覚し、即刻強制送還されてしまった。 しかも、その当時支払っていた賃金のあまりの多さに、その青年に対してよからぬことをしていたのではないかと疑った警察官が何度も父のところに足を運んできたというおまけ話までついている。 それでも父は泰然と対応していた。 父の中には、自分で作り上げた自分だけの世界がちゃんとあり、それはどんなことがあっても揺るがない。雨風に晒されようとも敵軍からの猛攻を受けようとも、その砦はびくりとも動かない。 父はそういうひとなのだ。 洋服屋を起こすと言い始めたときも親戚中の反対などどこ吹く風だった。この時も母は全く反対しなかったという。 母はいつだって父の味方だった。だからだろうか。父の突飛な行動に、娘のあたしは露ほどの不安も覚えず生きてくることができた。呆れることは何度もあったけれど。 どんな時でもゴーイング・マイ・ウェイな父が世間の言葉に耳を貸す筈もなく、呉服屋は自分の姉夫婦に任せてしまって、自分の起こした事業に邁進した。 常識も突拍子もない父だったが、先見の明と経営の手腕には長けていたらしい。 流行と極安をウリにした洋服は飛ぶように売れた。 「みたむら」という地味でなんのひねりもない店名の服を若者までが身につけるようになった。なんと一時的にではあるが、「みたむら」の服を好んで着る人たちのことを”みたむらー”と表現する言葉まであらわれたくらい、売れたのだ。 ちょう度その頃、大手の法律事務所から独立したばかりの門倉家のおじさんに、顧問弁護を引き受けてもらった。 「みたむら」は今でも怖いくらいの経常利益を上げている。 あたしが高校二年生の秋。 珍しく早く帰ってきた父が、あたしの結婚相手が決まったなどと言い出した。 「やだ、何言ってるの、お父さん」 冗談だと思ったのに。一緒にいる母は笑っていなかった。あたしの笑顔も思わず強張った。 爆弾投下、だ。 「・・・どういうこと?」 「実はな、隣の樹くんに将来うちを継いでもらえたらいいなあ、とずっと思ってたんだ。一子は樹くんと一番仲が良かっただろ?樹くんのこと結構、好きだろ?」 隣には四人も男の子がいるんだから、ひとりくらい、なあ。 父は七福神みたいな平和な顔で、信じられないようなことを口にした。 「樹くんはいいって言ってくれたよ。養子に来てくれてもいいって。・・・結婚は大学を卒業してからかなあ」 イッキが。 あたしは顔がかあっと、赤くなった。 イッキを好きだということを父に見透かされていたこともショックだったが、イッキがこんなとんでもない結婚話にオーケーの返事を出したということもまた、あたしをひどく傷つけていた。 誰の目から見てもかっこいい、ジャニーズ顔負けの男のコに育ったイッキには、当時、途切れることなくカノジョがいた。 ころころ太ってしまって、特別可愛くもないあたしがイッキと仲良くできたのは、幼なじみだからというただそれだけの理由だった。別にいじけてそんな風に思っていたわけじゃなく、それが事実だった。そしてあたしは別段不満もなかった。 お父さんの持っていった婚約話をイッキが断れなかったのには、ちゃんと理由がある。そんなこと、考えなくてもわかる。 握った両手の拳が震えた。 「・・・信じらんない」 「え?」 「信じらんないよ、お父さん、何てことするのよっ」 「ええ?何で怒るんだい?」 惚けた振りが上手いのか、或いはただ鈍感なだけか。 「イッキが、イッキがお父さんの話、断ったり出来る筈ないじゃないっ。それなのに、なんてこと言うのよ、ひどいよ、お父さん、ひどいっ」 当時、イッキのおじさんの法律事務所は活気に溢れていたが、独立したての頃は閑古鳥が鳴いていたのだ。門倉の法律事務所が繁盛したのは「みたむら」のお陰だと、誰の目から見ても明らかだった。父には恩がある。イッキにだってわかっている筈だ。 あたしがそれを言うと、父の顔色が変わった。 「ばかなことを言うもんじゃない、一子、「みたむら」の仕事がなくても、門倉はちゃんとやっていける。それに、そんなことはお前の心配することじゃない」 そうだろうか? そうは思えなかった。 不安いっぱいで母のほうに視線を向けると、驚いたことに母は穏やかな顔で笑っていた。 「大丈夫よ、一子、大丈夫」 そう言って頷く母もまた、父と同様の平和でアホな人間に思えてしまった。 何が大丈夫なのか、あたしにはさっぱりわからなかった。ああ、何だってあたしの両親だけこんなに能天気なんだと真剣に頭が痛くなった。 翌日、家の門を出たところでイッキと出会った。学校は違っていたけれど、電車は同じだった。こんな時、いつもなら一緒に駅まで行く。 けれどその日は違った。 イッキは怒ったような顔であたしを見据えていた。顔をやや紅潮させて、冷然とした目であたしを見ていた。 やっぱりイッキは怒っている。そして傷付いている。 「ごめんね、イッキっ、ほんとうに、ごめんっ」 叫ぶように言うと、あたしは駆け出した。 太った身体を揺らして、駅までの道のりを一目散に駆けていた。思いがけず一本早い電車に乗ることの出きたあたしは、翌日からその電車に乗ることにした。 イッキとはもう顔を合わせられない、と思った。 あたしは小中高とエスカレーター式の私立の女子校。イッキは私立の男子校に通っていた。 同じ学校にフジワラちゃんという女のコがいた。 藤原紀香よりはどちらかというと奥菜恵系の目のぱっちりとした可愛らしい小柄な女のコだった。 大きな目をきらきらと輝かせてフジワラちゃんは言う。 「美田村さんって、門倉樹くんと幼なじみなんだって?」 「・・・」 どういう話であたしのとこに来たのか、直ぐにわかった。 でも、あたしとイッキとはあの婚約話の翌日以来、二ヶ月近くも話をしていないという状況が続いていた。 「最近、イッキとはあんまり仲良くないんだよね。あたしが間にはいったら上手くいかないかもよ?それにイッキ、カノジョがいると思う」 やんわりと断るつもりだったのに。 「そんなこと言わないで、お願い。頼めるひとって言ったら美田村さんしかいないのっ」 両手を合わせて拝まれてしまった。 いやだなあ・・・。 イッキはどう思うだろうか。 親の決めたこととはいえ、婚約者となってしまったあたしがイッキに女のコを紹介する。・・・変だ。 あたしは天を仰いだ。神からの気の利いた啓示など降りてくる筈もない。変わりに小さくて冷たい粒が頬に舞い降りてきた。雪だった。 その日の帰り、あたしとフジワラちゃんはうちの近くの駅でイッキを待ち伏せした。 駅舎の向こうでは雪が舞っていた。 その冬初めての雪。 待っているうちに少しずつ強まっていく雪。 雪、雪、雪。 逃げ出したかった。 取りあえず電車から降りて来たイッキをあたしが捕まえ事情を話した。 イッキのあたしを見る目は本当に冷たかった。 「何?久しぶりに声かけてきたと思ったらそういう話」 「・・・」 「お前って、ほんと信じらんねーことすんのな」 呆れ果てたように言われた。唇が震えそうになる。 イッキは暫く遠いところに視線を置いて黙り込んでいたが、 「いいよ。つきあっても」 「えっ」 「あのコ?」 くいっと顎を突き出す。イッキの視線の先にはベンチに座ってこちらを見詰めるフジワラちゃんの一途な瞳。 「可愛いじゃん」 「え。でも、イッキ、つきあってるコ、いなかったっけ?」 イッキはちらりとあたしを一瞥する。その瞳には軽蔑の色がありありと浮かんでいた。揶揄われたり、喧嘩したり、怒られたりしたことは何度もあったけど、こんな冷たい目で見られたことはかつて一度もなかった。もうだめだ、と思った。 「別れた」 そう言い捨てると、イッキはフジワラちゃんに歩み寄って行った。あたしには見せたこともないような優しい笑顔で。 あたしはふたりに背を向け、束の間、ふたりのやりとりを聞くとはなしに聞いていたが、足を踏み出すと一心不乱に家までの道を駆けていた。 イッキが前のカノジョと別れたのは、きっとあたしと父の所為なのだ。 なのに、あたしは一体、何をした? 「一子?どうしたの?」 あたしは家に帰るなり、迎えに出てきた母に抱きついて泣いた。 イッキに嫌われた、嫌われちゃった、と大声を出して泣いた。 雪はそれから三日間降り続いて、雪に慣れていないこの町を、ちょっとしたパニックに陥れた。 それから一ヵ月後、イッキとフジワラちゃんはえっちをするまでの仲になり、僅か三ヵ月後には別れてしまった。それらは全てフジワラちゃんからの報告によって知らされた。 「なんていうか、樹くん、近づかせてくれないんだよね。いつまで経っても、よそよそしいっていうか、距離があるっていうか。一緒にいてもつまんないの」 えっちまでしといて何言ってんだか。 あたしはそのときもう外部への受験を決めていた。 あたしの取り柄といえば勉強くらいしかなかったから。 広い教室は、前から後ろに向かって緩やかな傾斜がついている。 あたしが座るのは大抵真ん中の後ろから三番目の席。 まだ教室にはぽつりぽつりとしかひとはいない。 頬杖を突いて、ぼんやりと教室を眺めていた。 身体は思いのほかきつかった。筋肉だけでなく、関節まで痛む。いやはや、初めての体験というやつが、これほど身体に負荷をかけるものだとは知らなかった。イッキの言うとおり休むべきだったのかも知れない。 右隣に誰かが座る気配。赤地に黒のチェックの入ったネルのシャツ。袖の先から黒いセーターが見えた。 顔を向けて驚いた。 「・・・ちっす」 イッキはいつもと同じくにこりともしない顔でそう言うと、今日もバイクで来たのだろう、バイク用の黒い革ジャンをどさっと脇に置いた。 イッキがあたしの隣に座るなんて。大学に入学して以来初めてのことだ。 イッキはごそごそとジーンズの後ろポケットを探って自分の携帯電話を取り出し、反対側の掌をあたしに見せた。 「ケータイ」 「え?」 「ケータイ。・・・番号教えて」 「あ・・・」 あたしは慌てて鞄から携帯電話を出した。 この展開は何なんだろうと思いつつ、差し出すと、イッキは目を丸くした。 「古っ。これって赤外線受信できんの?」 失礼なことを言う。だって、あんまり使わないから、新しい携帯電話への購入意欲なんてこれっぽっちもわかないのだ。 「できるよ」 ぷっとふくれて抗議すると、イッキは揶揄うような仕草でほっぺに軽く拳を当てた。 「勝手にやっていい?」 一応礼儀はあるらしい。見られて困ることなどまるでない寂しいあたしは素直に頷いた。 イッキの手がふたつの携帯電話を向かい合わせている様子を、教室に入ってくるみんながちらりちらりと見ていく。皆どれも、あたしとイッキが仲良くしているなんて、信じ難いとでも言いた気な顔だ。 「一子?」 イッキが携帯電話に視線を置いたまま言う。 「うん?」 「今度、いつ来る?」 「・・・」 今度? あたしは口を半開きにしたまま固まってしまった。イッキはちらりとあたしを見て、また携帯電話に視線を戻した。 「一子、今、バイトとかしてる?」 「してない、けど」 「何曜日なら空いてんの?」 この展開は予想していなかった。イッキの口にした言葉の意味を理解した途端、心臓がばくばくと高鳴り始めた。 でも、イッキは知らないのだ。あたしたちの婚約が破棄されたことを。知らないから、もうここらあたりで落ち着こうと考えているのかも知れない。だとしたら、やっぱり、あたしはイッキを騙したことになる。 どうしよう。 「い・・・」 唇を開きかけたところで、背中側から声がした。 「樹」 わけもなくどきっとして振り向く。 男のコふたりと、女のコふたりがこちらに向かって降りてくるのが見えた。 イッキがいつも一緒にいるひとたちだった。 あたしは身体を硬くする。 イッキの手から自分の携帯電話を返してもらうと、さっと鞄に入れた。 「あれ?美田村さん?」 「何?なんで美田村さんと樹が一緒にいるの?」 木庭くんはあたしの隣の席に座ってしまった。席を立とうと思っていたのに。これで出口はふさがれてしまったとあたしは内心悄然とする。 「一子ちゃん、久しぶり」 もうひとりの男のコ 中野君は木庭くんの前の席、一段低いところに座ってこちらを見上げる。 「え?なんで?何で中野が美田村さんのこと、一子ちゃんって呼んでんの?」 木庭くんは騒がしい。 「樹と一子ちゃんはね、実家が隣同士なんだよ。な?」 「え?そうなの?」 イッキが不本意ながらといった調子で頷いた。 そのイッキの向こう側には今年のうちの大学のミス。名前は そして田辺さんの前には、どちらかというとフジワラちゃん系の顔立ちの可愛らしい 容姿端麗で優秀なこの五人組は法学部でも少し目立った存在で、あたしが一緒にいるのはひどく場違いな気がした。何となく居たたまれない。お尻がむずむずしてくる。 「なんだ、そうだったのか、樹と美田村さんって知り合いなんだ」 「ってか、幼なじみだよ。昔は、樹の家に行くと、大抵一子ちゃんが来てた」 何も知らない中野くんが、にこにこと喋る。 中野くんはイッキの友達のなかでも一番穏やかで親切な男のコだった。眼鏡をかけてひょろっとしてて、イッキのお兄さんふたりとよく似ている。 中野くんやイッキのお兄さんを見る度に思う。あたしの好きなタイプはこういうタイプなのだと。眼鏡をかけてひょろっとした優男。穏やかでちっとも怒ったりしそうにないタイプ。 無愛想な隣の誰かさんとは似ても似つかないタイプだ。理想と現実はこんな風にいつもかけ離れているものなのかもしれない。 「へえ。そうなんだ。でも、門倉くんの子供の頃ってちょっと想像できないわね」 田辺さんが口許を緩める。綺麗な目と唇であたしに微笑みかけてくる。吸い込まれるような笑顔にあたしも笑いを返した。 ミスは門倉樹を狙ってる。そういえばそんな噂を耳にしたことがあった。・・・本当だろうか。 美人で才女で、モデル並にスタイルもいい。 田辺さんは女子アナ志望なんだそうだ。これも有名な話。イッキと同じく、夜間はその手の学校に通っている。 「門倉くんって、優しいでしょう?昔からそうだった?」 田辺さんが羨ましそうに、けれど途轍もなく的外れなことを言う。 「は?優しい?イッキが?」 あたしはきょとんとしてしまった。 まさかそんな、全然。全然優しくないから、と言いながら顔の前でぶんぶん手を振ると、隣からイッキの左手が伸びてきてあたしの前髪をかき上げた。かと思うといきなり剥き出しの額をはたかれた。ぴしり、といい音が響く。 「いっ・・・」 あたしは両手でおでこを押さえた。痛い。イッキを睨みつける。 「何すんのよ、痛いじゃないのよ、ばかイッキっ」 「俺は優しいだろ、何ぬかしてんだ、お前は」 「もう、そういうとこが優しくないって言ってんのっ」 ムキになって言ってからはっとして、慌てて口を噤んだ。笑ってるのは中野くんだけで、後の三人は呆気にとられた顔をしている。 じろりとイッキを睨むと、イッキは頬杖を突いてそっぽを向いていた。 「あれ?でも、前に、俺が美田村さんに声かけようとしたら、樹に止められたこと、あったよな?あれはやめとけ、とかなんとか。あれってなんだったわけ?幼なじみなら紹介してくれてもよかったんじゃないの?」 木庭くんがそんなことを言う。 「は?あったっけ、そんなこと?・・・覚えてねーや」 イッキは素っ気無い。 あたしを挟んで交わされる会話。 「そりゃ、一子ちゃんを木庭の毒牙にさらしたくなかったんだよ、な、樹?」 「えー、ひでー」 お調子モノらしい木庭くんがそっくり返る。「あ、でも、美田村さん、今フリー?もしそうなら俺とつきあわない?美田村さんのこと俺、ずっと前から可愛いなって思ってたんだ」 「えっ」 思わず目を見張って、直ぐに冗談だと気がついて顔が熱くなった。 こういうのを社交辞令と言うのだきっと。 わかっていても言われ慣れていないあたしはどきどきして言葉が続かなくなった。俯いて開いたノートに視線を落とす。 「あ、真っ赤になってる。美田村さん、まじ、かわいー」 「木庭、一子ちゃん真面目なんだからさ、あんまり揶揄うなって」 「え。揶揄ってないって、まじだよ、まじ」 そう言って顔を覗き込んでくる。うあああ・・。 もうやめてほしい。耳まで赤くなるのが自分でもわかった。ずっと女子校だったあたしはイッキ以外の男のコには全く免疫がなくて、こういうことに本当に慣れていないのだ。 どうしたらいいのかわからなくてイッキのほうを見た。 イッキは田辺さんと大野さんと話をしていた。 優しく笑うイッキの顔。あたしには絶対見せない顔。 イッキはもう完全にあたしへの興味を失っているように見えた。 あたしは黙って視線を前方に戻した。中野くんと目が合ったのでにへら、と笑って見せると、中野くんは苦笑していた。 壁時計に目を遣ると、二限の開始時間を五分過ぎていた。 講師の青井はまだやって来ない。 NEXT ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ HOME / NOVEL / YUKIYUKIYUKI |